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俺たちが出会う理由を、まだ君は知らない

真夜中の公園は、静寂に包まれていた。
空気が澄んでいるのか、たくさんの星たちが瞬いているのに、夜空の主役の月は姿を見せていない。

頼りない外灯の下に、古ぼけたベンチがひとつある。
そこに腰を下ろすと、私は星の瞬く夜空を眺めた。

優しい風が、ふわりと頬を撫でる。
その瞬間、空からひとつ、なにかが足元に落ちてきた。

小さなそれは、まるで水晶のように澄んだ、クリアな色をしていた。
どことなく、三日月の思わせるカタチをしていた。
5センチくらいだろうか。
手にとって眺めていると、どこかからふと、声が聞こえてきた。

「美月」

それは、私の名前を呼ぶ声だった。
聞いたことのある気がするその声が、空から聞こえてきている気がして、私はもう一度、夜空を眺めた。

誰もいるはずのない公園。
空耳だったんだろうか。
あたりを見回しても、誰かがいる気配はまったく感じられない。

さっき落ちてきたカケラを、右手でしっかりと握りしめる。
そうすると、心の中に感じていた霧のようななにかが、ゆっくりと晴れていくような気がした。

「美月」

さっきと同じ声に、もう一度名前を呼ばれる。

「星矢」

見えない彼の名前を呼ぶと、手のひらで握りしめたカケラが私の声に応えるように光った。

星矢とは、一度も顔を合わせたことがない。
夢の中で会う星矢は、いつも深く帽子を被っていて、私に顔を見せてくれたことはなかった。

私には、なぜだか前世の記憶が残っていた。
そんなチカラを、持っているのが不思議なことだと知ったのは、小学生の時。
それからは、このチカラのことは、大人にも友達にも言わないようにしてきた。気味が悪いと言われるだけだったからだ。
だけどここ最近、ずっと感じていたことがある。
それは、前世の記憶が以前よりも鮮明に思い出されるようになったということ。
星矢の声なんて、夢の中でだって聞いたことごないはずだった。それどころか、私はさっきまで、私の名前を呼ぶ彼の名前すら、知らないはずだった。

ずっと、記憶の点と点が、線にはならなかった。
それなのに、夜空に星座があるように、見えない何かで繋がっているように感じられる。

星矢を想って目を閉じると、突然身体が宙に浮かんだ。

驚いて目を開けると、さっきまで公園にいたはずだったのに、私はなぜか夜空を飛んでいた。
いや、飛んでいるというよりは、舞っているという感覚に近い。
満天の星空の中、私の手を握っていたのは星矢で、空には少しだけ欠けた月があった。

私の手の中のカケラが、その月に導かれるように宙に浮かぶ。
そして、ゆっくりと月に引き寄せられ、ふたつはぴったりと重なり合うと、まん丸のお月様に変わった。

「もう少しで、俺たち出会えるから」

帽子を目深に被った星矢の口元だけが、にこりと私に微笑みかけた。

空を星が流れていく。
星矢は、その星の上に、私を抱きかかえてスッと飛び乗った。
地上から見たことのある流れ星は、ジェットコースターよりも速く感じられたのに、こうやって星の上に乗ってみると、スピードは緩やかに感じた。

星矢と繋いだ手から、少しずつ記憶が消えていく気がした。
温かな手は、私から完全に前世の記憶を奪った瞬間、私はそのまま意識を失った。



◇◇◇◇◇

いつもと変わらない朝。
ベッドから起きて、大きく伸びをする。

なにか、大切なことを忘れている気がしたけれど、それがなんだったのか思い出せそうになかった。

あれ? 何これ?

枕元に、三日月を思わせるカタチをした水晶のようなカケラがあった。
それがあまりにもきれいで、私はそれをしばらく眺めていた。

月のカケラみたい。
カケラには小さな穴が空いていた。
ずっと使っていなかったネックレスのチェーンをその穴に通す。
それを首にかけると、胸元で微かに蒼白く光ったように感じた。
その瞬間、どこかからか「もう少しで、俺たち出会えるから」と、声が聞こえた気がした。



fin

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2020.8.30

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。