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さくらふるはる

夢を見ていた。
ずっとずっと、夢を見ていた。

願っていれば、奇跡は起きる。
信じていれば、夢は叶う。
待っていれば、王子様がやってくる。

小さな小さな、この南の島には名前などなかった。
人間たちが航海に使っている地図には、この島は記載すらされていなくて、ときどきやってくる豪華な客船も、この島をただ静かに素通りするだけ。

四季のないこの島には、色がなかった。
モノクロの世界が見慣れた景色。
この島で生まれ育った私には、それがずっと当たり前だと思っていた。

島の中央にある木の名前を、誰も知らない。
何年も見てきたけれど、花を咲かせることも、何かを実らせることもなく、いつもただ穏やかな風に吹かれているだけ。

この木に花が咲けば、そのとききっと私に望んでいた幸せが訪れる。
そう信じていたのに、この木には何も起こらない。
私は日々変わらず、どんな日も木を見上げる。
信じて信じて、ただ祈るように見上げた。


大きな豪華客船が、いつもと変わらずにこの島の前を通り過ぎようとしていた。

そのとき、突然見たこともない水の粒が空から落ちてくる。
穏やかだった波が荒れ狂う。豪華客船は、大きく揺られ、今にも沈んでしまいそうだった。

デッキに立っていたひとりの人間が飛び降りた。
すると不思議なことに、荒れ狂っていた波がいつも通りの穏やかさを取り戻す。
いや、いつも通りじゃない。海は見たことのない色に変わっていた。海だけじゃない、空も優しい色をしていた。モノクロの世界に色が灯る。
でもなぜか、木にはなにも変化がなかった。この木以外の世界はすべて、見たこともない色に変わっていたのに。

私は海に飛び込んだ。海に触れたのはそれが初めてだった。
さっき飛び降りた人に向かって、ただひたすらに泳いだ。
前に進むことを諦めずに、手を動かす。
飛び込んだ人は、なぜ飛び込んだのか?
真意はなにひとつわからないけれど、私の直感があの人を見つければわかるような気がしていた。
来る日も来る日も、ただひたすらに泳いだ。
何日間泳ぎ続けていただろう?
空からまた、水の粒が落ちてきた。
それはこの間とは違って、ぽつりぽつりと、優しい感じがした。
その人を見つけたのはその直後だった。
早く戻って助けなければ。
抱きかかえ、島へと急ぐ。
たどり着いた島で、その人に口づけをすると、その人はゆっくりと目を開けた。

「君が助けてくれたの?」

その人に言われて、小さく頷く。

「どうして、飛び降りたんですか?」
「どうしてだろう。でも、どこかから声が聞こえたんだ」
「声?」

その人は、静かに空を見上げた。

「夢を叶えるには、その一歩を自分で踏み出さなきゃいけない。待ってるだけでは叶わないから」
「飛び降りることが、その一歩だったの?」

静かに笑ったその人が、私の手に触れた。それはとても温かくて、初めての感触だった。

「きっと、僕は君を探していたんだ」
「私を?」
「君が僕を探してくれたように」

入ったこともない、この手に触れたことすらない、海へと飛び込んで、何日も何日も探すのを諦めなかった人がいる。
その理由を説明できない。説明できない初めての感情に襲われていた。

島の中央の木に色が灯る。
優しい色合いだった。心が温かくなる、いつまでも見ていたくなるような美しさが空と溶け合っていた。

「君、名前は?」
「私には名前がないの。この島にもこの花にも名前はないの」

名前がないのが当たり前だった。それでよかったはずなのに、涙が出て頬を伝う。

「そしたら君には、“はる”と名付けよう。この花には、“桜”と名付けよう」
「この島には?」
「そうだな。“春待ち島”は?」
「素敵。あなたの名前は?」
「僕の名前は、四季。よろしくね」

桜の花びらが、舞い降りた。


はる画伯のかわいいイラストをおかりし、浮かんだ映像を物語にしてみました。
はるさん、ありがとうございます。これからも楽しみにしています。

2020.10.17

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。