魅惑のカルテット
一際目立つ容姿の蓮は、サックスを近くに置くと、ゆっくりと近寄ってきた。
サックスを吹いているときの情熱的な蓮の瞳は、とても魅力的だ。
そんな瞳に見つめられたら、蓮に恋をしない方がおかしいという周囲の声も納得できる。
「那月、早く俺を選んでよ。もう、焦らさないでさ」
壁際に追い詰められた私は、思わず側にいた海斗に助けを求める。
「海斗、助けて」
海斗は蓮を一瞬睨むと、蓮から私を引き離した。
「蓮、抜け駆けは無しだって、言ってるだろ?」
「だけど、海斗も翔も、もう限界って言ってたじゃないか。今日こそは那月に選んでもらおうよ。俺ら3人の中から、たったひとりを」
私たちは、カルテットだ。
4人の中でリーダー格の蓮はサックス担当。すらりと背が高く、はっきりとした顔立ち。その情熱的な瞳に、恋する女性ファンは多い。
海斗はヴァイオリン担当だ。
4人の中で一番繊細。彼の奏でるメロディーは、優しいだけじゃなく、その心に沁み入り、その心を奪う。
翔はヴィオラ担当だ。
蓮や海斗のように目立たないけれど、翔がいなければ私たちカルテットは成り立たない。翔がいるからこそと言っても過言ではないくらい、翔はメンバーの中で一番のムードメーカーだ。
「でもさ、那月がかわいそうだよ。別に無理に決めなくてもいいじゃないか」
翔らしい意見だ。
だけど、きっと3人の中で一番純粋なくらいの情熱を隠し持っているのも翔だ。
私はフルートを構えた。
いつも、何かに悩み、答えを求めるときは、凛と背を正してフルートを吹く。
そうして見える答えは、私にとって間違いのない選択だ。
今日こそ、3人の中から誰かひとりを選ぶことができるんだろうか?
蓮なのか、海斗なのか、翔なのか。
私がメロディーを奏でると、それを合図に蓮はサックスを、海斗はヴァイオリンを、翔はヴィオラを、それぞれが奏でる。
私たちの四重奏が始まる。
それは誰が欠けても、私たちじゃない。
蓮の情熱的なサックスの音色。
海斗が奏でる繊細なヴァイオリンの音色。
私が吹くフルートの音色を含め、そんな私たちをまとめるかのような、翔のヴィオラの音色。
そのメロディーを心で感じながら、答えを導き出そうとしたけれど、結局その答えは出ることはなかった。
いや、出ることがない答えが、私が出したかった答えなのかもしれない。
情熱的な蓮。
繊細な海斗。
ムードメーカーの翔。
多分私は、彼らと演奏している限りは、ずっとその答えを出せないだろう。
このカルテットは、誰が欠けてもダメなんだ。
私が彼らの中から、たったひとりを選んだら、私たちは最高のバランスでメロディーを奏でられない。
誰も選ばないようで、みんなを選ぶ。
それが私の出した答えだった。
「私はずっと、この4人で演奏していきたい。だから誰も選べない。私たちがカルテットでいる限りは」
翔はすぐに私を抱き寄せる。
「やっぱり、那月らしいな」
翔はまるで、私の出す答えをわかっていたかのようだった。
「仕方ないな」
海斗が、なだめるように蓮の肩を叩く。
「あぁ、仕方ない。俺も那月が俺以外を選んだら、このカルテットは続けられない気がする」
私たちはカルテットだ。
この先もずっと、私はこの4人で奏でるメロディーを大切にしたい。
fin
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。