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ご褒美はスイーツより甘く

 日直の仕事を終え、日誌を職員室へ届けると、だいちゃんの待っている教室へと急いだ。先日の模試の点数がよかったから、今日はご褒美にだいちゃんが『Mahina』で、パンケーキをご馳走してくれることになってる。
 普段はだいちゃんの家で、まずは勉強……なんていう、甘くない放課後を過ごす私たち。久しぶりのデートらしいデートに、教室へ向かう足どりも軽くなった。
 そうだ。だいちゃんのこと、驚かせよう!
 こういう待ち時間を一分たりとも無駄にしないだいちゃんのこと。きっと勉強に集中しているに違いない。上履きを脱いで右手に持つと、足音を立てないように、教室へと近づいた。
「……お願い、一度だけでいいから」
 ドアを開けようと手を掛けたとき、中から聞こえてきた女の子の声に、思わず手を引っ込める。それが“告白”であることは、何度となく見てきたからわかってた。
 私と付き合い出してからもう一年になるというのに、相変わらず衰えることのない、だいちゃんの人気。だいちゃんの評判が悪くなるのは嫌だから、冷たく振らないでとお願いしてからは、余計に告白される機会も増えた気がする。さすがに、こんなに目の前で見たのは、付き合い出してからは初めてのこと。だいちゃんのことを信じてはいても、胸が裂けるような痛みが走った。
「……ごめん、知ってると思うけど、彼女いるから」
「わかってる。でも、一度だけでいいからデートしてほしいの。ずっと好きだったの。高橋くんの側にいたくて、同じ高校受験したの、だから」
 まっすぐにだいちゃんのことを見つめる女の子。だいちゃんと、同じ中学なのかな? 今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だ。
「……ごめん、でも彼女いるから。俺には、あいつだけだから」
 だいちゃんの一言は、嬉しいはずなのに、女の子の涙が痛々しくて、心が痛んだ。


 *


「……さっき、教室で告白されてたでしょ?」
 パンケーキにのっていたバナナをひとつ口にすると、だいちゃんのことを見つめた。
「見てたのか?」
 少し、困ったように笑うだいちゃん。振られる方はもちろん辛いけど、振る方だってもちろん辛いはずだ。
「どうして、恋ってうまくいかないんだろうね」
「由加理は、俺と彼女にうまくいってほしかったの?」
「……そんなことない!」
 そんなことは絶対にあるわけないけど、やっぱり複雑だよ。
「好きな人が、自分のことを好きになってくれるって、奇跡に近いんだろうな?」
 しみじみと、だいちゃんがつぶやいた。
 だいちゃんと一緒にいると、その幸せが当たり前のように感じてしまってるのかな。でも、自分の好きな人が自分を想ってくれることは、本当に奇跡的なことなのかもしれない。
 道を歩いていて、すれ違う人間はたくさんいるけれど、それが繋がって、恋まで発展するのはほんの一握りだ。ましてや、相思相愛、両想いともなれば、奇跡だよね、やっぱり。
「……由加理、そのバナナ、俺も食べたい」 
 だいちゃんが、残りひとつしかないバナナを指さした。
「……い、嫌よ。私がバナナ大好きなの、だいちゃんも知ってるでしょ? それに、今日は私がテスト頑張ったご褒美なんだから!」
「由加理の点数がよかったのは、俺の教え方がよかったからだと思わない?」
 うっ、それは。県内トップレベルだけあって、だいちゃんの教え方は先生よりも格段にわかりやすかったけれど、バナナだけは譲れない。取られる前に、急いで最後のバナナを口に放り込んだ。
「……やっぱり、嫌だな」
「なんだよ、結局食べれただろ?」
「……違う。バナナじゃなくて、」
「じゃあ、なんだよ?」
「……だいちゃんが、他の女の子に告白されること」
 もしも、だいちゃんが相手の女の子の告白に、心が揺れてしまったら? ありえないことじゃないだけに、考えると悲しくなってしまう。
「ばーかだな、由加理は。俺が何年、お前のこと待ったと思ってんだよ。由加理への気持ちは、絶対に変わらないよ」
 だいちゃんの笑顔と言葉に、胸がキュンと締め付けられた。真っ直ぐに見つめられて、恥ずかしさのあまり、パンケーキの上のマンゴーをパクリと食べると、隠れていたバナナが、ひょっこりと出てきた。
「あ、まだバナナあった」
「これは俺がもらう」
 だいちゃんが幸せそうに最後のバナナを口にする。なんか、こういうささやかな日常を幸せだと思えるのも、だいちゃんと一緒だからなんだろうな。

fin

いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。