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ふくしまの、まちをつくる人たち #4

仁井田本家 仁井田穏彦 -Niida Yasuhiko-


_創業300年を迎えた年に、起きたこと。

僕が郡山市田村町にある酒蔵、仁井田本家を知ったきっかけは、「仁井田のスイーツデー」。仁井田のスイーツデーとは、仁井田本家が毎月開催する糀を使ったスイーツの販売をメインとしたイベントだ。

当時まだ東京に住んでいた僕は、Facebookに毎月流れてくるスイーツデーの写真をみて、福島にはおもしろい酒蔵があるなと思っていた。

仁井田本家の「こうじチョコ」や「ふわとろ」などのスイーツの数々は、社内の発酵食品部門で開発した商品だ。糀本来の魅力を大切に、砂糖を使わず、糀の甘さだけでスイーツをつくっている。

仁井田本家では、毎月の「スイーツデー」の他に、年2回の「感謝祭」、「田んぼのがっこう」など、たくさんのイベントを開催。酒造りだけでなく、酒に関わる人々や酒造りに必要な周囲の環境までを、酒蔵の仕事として担っている。定番となりつつあるこれらのイベントのはじまりは、6年前に遡る。

2011年、東日本大震災があった年だ。

この年は、仁井田本家では創業300年の節目の年で、純米100%、自然米100%、天然水100%の原材料を使用し、体に良い酒を造る酒蔵として再出発した。

再出発したばかりのころ、その矢先で起きた東日本大震災。
もともと、自然酒を代表銘柄とする酒蔵だったため、ファンの多くが自然由来のものを好む傾向にあった。だから、放射能に対しても敏感な人が多く、震災以降はファンがどんどん離れていってしまったそうだ。

米や水の放射性物質の検査を全量実施し、安全を謳っても、当時の風評被害を払拭することはできなかった。

そこで穏彦さんは、「検査をしっかり行なっていることも、魅力的な酒蔵の佇まいも、見に来てくれればわかるはず。とにかく、お客様に来てもらう企画をつくろう。」と思い至ったのだそう。その時にできたのが、「スイーツデー」と「感謝祭」だ。

これまでの一般的な酒蔵のイベントといえば、蔵の見学と試飲がメインで、お酒好き向けのイベントが多く、男性客がほとんど、という場合が多いと思う。しかし、仁井田本家では、糀の甘さを生かしたスイーツをメインとしているから、女性客が多く訪れる。

これは、仁井田本家が酒蔵として生み出した新しい価値の1つだ。



_100年のときを刻む酒

穏彦さんは、仁井田本家の18代目に当たる。先代が体調を崩したことをきっかけに28歳で18代目を継いだ。祖父の代に引いてきた上質な水、父の代に築いた良質な酒蔵。これらを使って今、穏彦さんは酒をつくっている。18代、300年以上続く酒蔵を経営する中で得た、穏彦さんの時間の捉え方は、とても魅力的だ。

そのことは、"100年貴釀酒"をつくったことからうかがえる。貴釀酒とは、本来水で仕込む工程で、水を使わずに酒を使って仕込んだ酒のこと。
仁井田本家の貴釀酒は、去年できた酒で今年の酒を仕込み、これを100年続けた後で完成する、"100年貴釀酒"だ。

100年貴醸酒の価値は、その美味さだけではない。

100年後の僕らの暮らしを想像しながら飲む酒は、その場を共有する人たちの対話を生み、豊かな時間を与えてくれる。
そして、100年後の仁井田本家の姿を想像せずにはいられなくなってしまう。でも、僕らは多分、100年後に完成する100年貴釀酒を味わうことはできないから、その夢は次の世代に託すしかない。

穏彦さんの時間の捉え方は、人間の想像し得る範囲がすごく広いということを教えてくれる。普段、僕らは仕事だったり、家庭だったり、日常を過ごすことに精一杯になりがちだけど、このお酒を飲みながら、大きな時間の中に身を置いて、これからの自分のこと、未来の暮らしや次の世代のことについて、一歩立ち止まって考えてみるのもいい。

この酒が完成する年、仁井田本家は100年を迎え、東日本大震災からは100年を迎えることになる。


_仁井田本家がつくる風景

仁井田本家では、上質な水を提供してくれる山、良質な米を提供してくれる田んぼ、これらを自分たちの手でつくっている。「夏には米づくり、冬には酒づくり」が仁井田本家の仕事のサイクルだ。

東日本大震災のあと、自信を持って自分たちのつくる酒の安全を訴え続けられたのは、自分たちの手で質の高い原材料をつくっているという自負があったからだろう。

穏彦さんの語る夢は、仁井田本家のある田村町全体に及ぶものだ。
それは、町中の田んぼの米が無農薬・無化学肥料で栽培され、元気を取り戻すこと。大量消費を前提とする社会背景の中で発達してきた、米や酒の大量生産。その真逆を行く仁井田本家のスタンスがかっこいい。


「自分が生きているうちに叶うとは思わないけど、次の世代か、その次の世代の時には叶うと思うから。」

穏彦さんが描く田村町の風景。その風景は、酒をつくるために必要な水や米を守っていくことで自然と実現することができる。

「山が豊かで、きれいな川が流れ、元気な田畑が広がり、たくさんの生き物がいて、良い米や野菜が採れ、人が集うこと。」

こんな風景を穏彦さんが描き、実現に向けて行動し、その想いを19代目に受け継いで行く。こうやって、仁井田本家は300年以上もの長い間、酒造りの精神を継承してきたんだ。

酒蔵としての役割を広げ、町中の田んぼや自然を守ろうとする精神を持つ仁井田本家。仁井田本家は酒蔵でありながら、この町の未来の姿をつくっている。

仁井田本家

ふくしま空間創造舎 上神田健太




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