蔵前のまちのこと#2
常田泰由さん
蔵前には、その界隈でも一際異彩を放つ古いビルがある。築80年を超える国の有形登録文化財、タイガービルだ。昭和レトロな雰囲気を残すこのビルが、いま、アーティストやクリエイターの創作の場にもなっている。
建築当時からあるエレベーターや電話交換室も残っていて、中に入るとまるでタイムスリップしたよう。このビルの入居者の一人、木版画作家の常田泰由さんにお会いして、このビルのことや、蔵前のまちのことをお聞きしました。
ご両親が趣味で絵を描くグループに参加していたことがきっかけで、絵を描くことに興味を持ったという常田さん。現在の木版画制作を学んだのは東京造形大学2年の頃だそうです。都内だけでなく、地方でも個展やグループ展を開催していて、ときには子どもから大人までを対象にワークショップを開催しています。作品の制作だけでなく、木版画の楽しさを広める活動にも取り組んでいて、作品づくりを通じて人と人がつながる場を創出しています。
作品の中で、思い入れのある作品を1つ教えてくださいとお願いしたところ、5000枚はあるという小さな四角い紙を取り出してきてくれました。「学生の頃にある物体を”物”として見るのではなく、純粋に”かたち””造形”として捉えることを実践し、スケッチしました。例えば、山を”山”として描くのではなく、三角のような純粋な”かたち”として捉えていくということです」
この頃のスケッチが、今でも作品に生きていて、大きな財産だと言います。
そんな常田さんに、蔵前のまちについてお聞きしました。
___蔵前を創作の場に選んだのはなぜですか。
アトリエは友人のアーティストと一緒に借りています。その友人と一緒に子ども向けワークショップを開いた際、打ち合わせで訪問したのがタイガービルとの出会いです。その後、アトリエを探していたときたまたま空いていたのこのスペースを借りることにしました。このビルは築80年くらいで、自由な感じや学校みたいなところが気に入っています。
___蔵前はモノづくりに良い街だと思いますか。
材料屋さん、職人さんが、他の都心の街と比べたら多いと思います。
画家であれば、大型の絵画の制作や作品の収納のために広いスペースを必要とするので、郊外にアトリエを構える人が多く、大きな作品を創りたい人には狭いかもしれません。例えば、相模原にはスペースの広いアトリエがたくさんあり、オープンアトリエなどの催しを実施しています。蔵前のように、街中にアトリエがあるというのは珍しいほうだと思います。蔵前もビルの空き部屋が多かったように思っていましたが、ここ1~2年で小さなショップが増えてきました。
___蔵前付近で誰かに教えたい人、モノ、コト、場所はありますか?
蔵前には隅田川があるのが好きです。いつも川を越えて自宅からアトリエに来るので、気分を変えられる感じがします。地元の長野でも諏訪湖があり、水のある場所というのは居心地が良いです。蔵前は街ですが、そういった地形的変化があるのが好きです。
蔵前には古い建物がたくさんあって、いま、若手の作家などがどんどんまちに入ってきている。タイガービルはその中でも特に独特の雰囲気を醸す建物で、古さの中にある建物の魅力が若手のアーティストの創作意欲を掻き立てているようです。古い建物だからこそ生まれる創造性と、それを生み出す人たちで、このまちができている。
ふくしま空間創造舎 上神田健太
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