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凍む言葉

吹き荒ぶ細かい雪みたいに、彼女の言葉は僕の目の前を真っ白に覆い尽くした。ひとつひとつは細かくて弱々しくてすぐに溶けてしまうのに、その数たるや凄まじく、見る間に僕からいくつかの感覚を奪ってしまった。

ちょっと待って、僕にも何か言わせて、感じさせて。君の言葉はまるでブリザードみたいに裸の僕を弱らせていく。
大体どうして僕は裸なんだ。君の前では服を着ることすら許されないのか。
着ていた服はどこへいったんだ。どこで失くした?

服なんてものは、吹雪になる前のまだ熱風だった君が僕に触れて、きれいさっぱり焼失してしまったんだと僕は認識している。
きれいに丸裸にしてから氷漬けにするなんてまったくひどい手口だよ、僕はこのまま衣服も言葉も意識さえも失ったまま、この六畳間で冷え切った肉の塊になるんだろうか。
せっかくだから塩とハーブを擦り込んでくれたらいいのにな。そうしたらこんな僕でも美味しく食べてもらえるかもしれない。

彼女は薄い唇を動かし続けて僕をじっと見ている。
もはやすべては言葉として耳に届かず、じんじんと僕の身体に侵入してくるばかりで、気持ちが悪い。何故こんなにも攻撃的になれるのだろう?僕はそれが不思議でならない。
きれいごとでも何でもなくて、ただ、僕には理解ができないんだ。
そこそこ濃密な時間を過ごしてきた僕たちふたりの間に、こんなにも冷たく残酷な言葉の吹雪が訪れるなんて、それも君自身がそうなるなんて、僕はこれっぽちも思っていなかった。
今だってできれば嘘だと思いたい。

そんな君に対して僕が応戦しないのは、少なからず罪悪感があるからだ。
君をここまでの吹雪に変えてしまったという罪悪感。もちろんすべてが僕のせいだとは思わないけれど、かつて熱風だった君がここまで冷え切って、それでもまだ風圧を失わないままここにいるのは、やはり僕らふたりが過ごした濃密な時間の結果に他ならない。

凍死を覚悟した頃、急に言葉の雪がやんだ。
君の目は空を捉え、僕の顔など見ていない。
先ほどまでの吹雪はどこへやら、ふわ、と最後に降りる雪の欠片みたいに儚いだけの存在になった君を見て、僕はようやく気づいた。
そうか、先に凍死してしまったのは君なのか。
僕の目の前で吹き荒んだ吹雪は、とうの昔に凍えて死んでしまった君の亡骸だった。
おかしいな、僕は君に体温を分け続けてきたはずなのに。
君からもらう体温と同じくらい、僕の温度を君に伝えてきたはずなのに。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。

君の大粒の涙は多分とても温かいけれど、それを確かめることもできないくらい、僕の身体は言葉の雪に覆われている。
もしも涙の温度さえ失くしてしまっているならば、それは心底同情するし、少し怖いとも思う。
そこまで誰かに感情を割ける君が、少し怖いと思う。

無言で部屋を出て行った君の行く先を、僕が追うことはおそらくないだろう。
冷たいものが苦手な僕は、また確実に温かな誰かを探してその人の胸に収まりたい。
この冷たい身体を、永遠に温めてくれる太陽みたいな誰かに、僕は抱かれ続けていたいのだ。

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