幕末堕天譚 エピローグ【小説】
雪緒は筑波山から半日かけて歩き、海へ来ていた。誰もいない岩場を探した。
小高い山と小さな島に囲まれた入江を見つけた。曇り空で、波は荒く、人影はない。
着物を脱いで下着だけになった。雪緒の全身を覆う赤い跡があらわになる。
腰ほどもある波に向かって泳ぎ出した。手には白い布に包まれた何かを持っている。
波は沖へと進もうとする雪緒を拒絶するかのように荒くうねっていた。
溺れそうになりながら、懸命に波をかき分けて進んだ。
ようやく、幾分か遠くへ辿りついたとき、雪緒は白い布から乳白色のかけらを取り出した。力を入れて掴むとぽろぽろと崩れ落ちてしまうそれを、波に揉まれながら大切に手にとった。
雪緒は小さなかけらをじっと見つめた。
いつまでもいつまでも見つめていたかった。
鳥の鳴く声がした。見上げると、トンビが大きな羽を広げて空を舞っていた。
雪緒は手のひらを開いた。
白い欠片は雪緒の手を離れて、ゆらゆらと揺れながら海の底に落ちていった。
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