【無料朗読台本】鬼の子と黄昏時
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「あなたは誰?」
「僕はここの子供さ」
「え? でも、ここは空き家だってお母さんが言ってた……あれ、いない」
さて、その小さな少年は走って逃げてしまいました。
彼は何百年も続く命、人間には計り知れない運動能力を持っている、鬼の子。
母親から人間と関わるなと言われているというのに、いつも言いつけを破って黄昏時に人間の里に下りてくるのです。
そう、黄昏時ならわからない。
人間の中に一人だけ、鬼の子が混ざっていたとしても。
「なんなんだよ、僕だってみんなと仲良くなりたいのに。」
小さな少年はぼやきながら自分の住む山へと走っていきます。
少し森に入ったところで、彼は後ろを振り向き、誰も追ってきていないことを確かめると切り株に腰を下ろしました。
誰かに追われてはいけません。自分の正体を知られてしまえば、母親ともども生け捕りにされ、ひどい仕打ちを受けた後に殺されてしまいます。
自分のせいで母親が死んでしまっては、たまったものではありません。
彼はそのことだけはいつも真剣に考えていました。
一息ついて上を見上げると、風に吹かれて森の木々がさわさわと音を立てて揺れていました。
鳥たちが彼にお帰りと声を掛けます。
彼はゆっくりと目を閉じました。
自分が鬼の子であること、それはわかっている。けれども、自分は人間と仲良くなりたい。
「なんで僕たちはおびえながら暮らさないといけないんだ。」
鬼の子はその長い寿命のため、毎日が退屈で仕方がないのです。
この山に住んでいる鬼は彼とその母親しかいません。
彼は母親以外の話し相手、遊び相手が欲しいのです。
でも難しいことはわかっています。
小さな少年はため息をついて、また山の奥、自分たちの住処へと帰っていきました。
次の日も彼は山の麓まで降りてきました。
黄昏時まではまだ少し時間があります。木の陰に隠れながら、川遊びでもしようとしたとき、川の深いほうから何やら声が聞こえました。
彼は気になって近づいてみることにしました。
すると、昨日の少女が川の中で手足をばたつかせています!
どうやら溺れかけているようです!
助けを求めていますが、周りに大人の気配はありません。
彼は反射的に彼女を助けなければと思いました。
着物もそのままで川に入ります。
力強く少女の元まで泳いでいき、少女の体を引っ張りながら岸まで運びました。
「うっうっ。ありがとう」
少女はしゃくりあげながら彼の胸の中で泣いています。
しばらく少女が落ち着くまで彼はそうしていました。
少女はひとしきり泣いた後、彼に尋ねました。
「ねえ、あなた昨日私と一緒に遊んでくれたでしょ? 本当はどこの子なの?」
彼はなんと答えればよいか悩みました。
自分が鬼の子だとわかったら、彼女は怯えてもう遊んでくれないだろう、そう思いました。
「僕は……」
彼の言葉を聞き逃さないよう、少女が真剣に見つめてきます。
その時、人里の方から大人の声が聞こえてきました。
「お父さん!」
少女が声に反応します。
お父さん、ということは人間の男が近づいてきている。
鬼の子は背中に冷たいものが走りました。
「ごめん、僕は帰らないといけない」
「まって! 助けてくれたお礼をしたいの!」
鬼の子はゆっくりと首を横に振り、山に向かって勢いよく駆け出しました。
ばれてはいけない、ばれたら殺されてしまう。
彼は不思議な気持ちでした。
逃げなければと思うのと同時に、彼女の言葉が反芻し、どきどきと胸を高鳴らせていました。
鬼の子はしばらく走り続けました。
そして、昨日と同じ場所。
後ろを振り返り、耳を澄ませます。追っては来ていないようです。
彼は切り株に腰をおろし、息を吐きました。
彼は思い返します。
女の子に言われた言葉。ありがとう、お礼がしたい。
心がふんわりと温かい物で包まれるような感じがしました。
昨日までとは違う。
鬼の子は温かい気持ちで、しばらく風に揺れる木々を眺めていました。
代り映えのしない日常が、少し色づいたような、そんな感覚を感じながら。
◇この台本を使った動画
https://youtu.be/JHG-oK4o65M
◇上野桃香Twitter
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◇上野桃香YouTube
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