一番大事なものを捨てて、一番大事なものを得た話。

私は片付けが苦手である。

物を捨てると言う事が苦手だった(というか捨てるという概念があんまり無かった)のに、見つからない時は買えば良い。探す時間の方が無駄だ。という、物が増える要素しかない生活を送っていた。

私が23歳の時。結婚した直後に母が突然亡くなり、遺品整理という役目が回ってきたのだ。

しかし突然の死を家族の誰もが受け入れられず、誰も手をつける事ができなかった。
時が止まった実家を何年も遠方から案じながら過ごしていた。

家事を担う事になった父は、何とかそれを楽にしようと新たな家電や家具を買い増し、かといって母が使っていた物を処分できるわけもなく、実家に帰るごとに段々と狭くなっていった。


その頃、大きな地震があったりして価値観が変わり、断捨離という世の中の流れがやってきて、多くの本やテレビ番組でそれを目にしたことで実践してみることにした。
自分の概念を変える為に、ひたすら本を読んでイメージをし、勢いがついた時に取り掛かる。
このトレーニングはかなり時間を要したが、その時の自分なりに少しずつ思考と物整えていった。

母の7回忌を機に、ついに実家の片付けを始める事にした。

父も妹も弟も、どうして良いか分からない(何かの主軸は基本いつも長女の私なのです…)と言う事だったので、

「基本的に私が捨てる。明らかに思い出品や迷う物があれば家族会議にかける。今家にある物で自分が捨てたくない物はあらかじめキープとする。

実家から出た者の私物はアルバム以外全て自己所有にして持ち帰る。それで文句はないか?」と聞き、全員が賛同したのでそのようにする事にした。


私は遠方住まいでマメな帰省は出来なかったので、1度に大体5日間、朝から晩まで缶詰になって片付けをした。

幸い、家族がみんな理解のある人間だったので、父が金銭面でのフォロー(処分業者委託) 妹と私で区分、父と弟と妹の旦那はゴミや家具を下の部屋まで移動。

1度目は田舎あるあるの大量食器、大量客布団、キャンプ道具、遊び道具…
とにかく押入れや納戸の中を洗いざらい出し、明らかに不要と判断された物を捨てる。2.5トンほど。

2度目は半年後、カラになった衣装ケースやカラーボックス、不要な家電、半年間のうち住人が使わなかった物、母が使っていた料理道具や本などに着手。
この時は2トンを2回。

この時点で結構片付いた感じになったのだが…
ここから数年、私の手が止まってしまった。


母が何より大事にしていて、そしてその目の前で亡くなってしまった、という経緯の食器棚の存在。

みんなそのことが分かっていたけど、母が大事にしていて、置く場所もあるし、とても高価な物だし、という感じで「絶対不動」という感じで残されていた。「そこの前で亡くなっていた」という事も含めて。

父は母が亡くなって10年程で再婚してマンションに移った。
再婚後も毎週墓参りをし、たびたび実家に戻って庭の手入れをしたり家の事も気にかけていて、決してぞんざいにもせず、幸せに暮らしていた。

不用品もなくなり、何も変えなくても良さそうだった実家だったのだが…

私はしばしば、この食器棚の存在が気になるようになって、思い出すことが多くなった。

そして、家族会議にかけることにした。

この話を父に持ち出すのは勇気が必要だった。

「あの食器棚がある事で、やっぱりどこか、辛い事思い出さない?お母さんも、そんな事思い出して欲しくないと思う。お母さんが亡くなって、あの食器棚も役目を終えていると思う。

お父さん的には、私がただ捨てたい処分したいって言ったように思ったかもしれないけど、私は私なりに、過去のことや、これからのこと 色々考えてます

辛かった事をなるべく良い思い出だけ思い出せるように、キッチリ カタをつけたい

お父さんもまだ長いんだから、スッキリ切り替えて、先の余計な心配せず、楽しい毎日を送ってほしいんだ」

こんな感じで伝えたと思う。

結果的に父は納得して、そして「子供たちがそんな風に考えて、また前向きに生きれることがとても嬉しい」と言ってくれた。

断捨離ファイナル。
例の食器棚は、あっという間に業者が持って行って、家から無くなった。
父と二人で、トラックを見送った。

本当に、感無量とはこのことかと思った。

家はすっかりペンションのように綺麗になった。
母の趣味だった陶器は、父や子供達がそれぞれ普段使いにし、母が気に入っていたものは床の間に飾り、飾りきれないものも綺麗に飾れるくらいの量にした。

片付けを通して、自分の母がどんな人だったか、と言うことを嫌と言うほど思い知らされ、
そして父の母に対する思いや兄弟間での擦り合わせ、子の親に対する思い、
今の年齢だから感じることができた事も色々あった。
母は本当に偉大だったし、父と母の娘で良かったと心の底から思った。

母もきっと笑っていると思う。


過去は大事にしながら、今、これから必要なこと、こうやって生きていきたい、
それに必要なものや思考だけ残していく。

これは今の私の価値観のベースになっている。

一番捨てたくなかったものを捨てて
一番大事なものを得ることができた気がする。

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