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2040年の世界 ピラニータ年少組、研究室で遊ぶ


アラタ博士の提案から2週間が経過した。コトネが見つけた新しい寝床の偵察が終わり、アラタ博士の研究室に行かないグループがそこへ移動して1週間が経った。この間、特に問題は起こらなかった。

カイは小型デバイスを取り出し、アラタ博士の連絡先を開きメッセージを送信した。
「インタビューの件、受けることにした。」

数分後、返信が来た。
「カイ君、連絡ありがとう。君たちの決断を嬉しく思います。いつ頃研究室に来られますか?」

カイは仲間たちと相談し、2日後の夕方に行くことを決めた。
博士の提案に懐疑的なユウキやシホはもちろん行かず、行かないと意思表示したコトネ、一度は行ってみたいと答えたタツキやアヤは行ったメンバーの様子を聞いて次回行くかどうか決めるということだった。
博士にその旨を伝えると、すぐに返事が来た。
「了解しました。その日の夕方5時に、前回と同じように自動運転車を手配します。安全に気をつけて来てください。」

約束の日、カイ、ソラ、ケンタ、ハナ、リョウ、ナオの6人はあらかじめ決めた集合場所に集まった。

カイが皆に言った。「何かあったらすぐに逃げるぞ。俺が合図したら、それぞれ別々に逃げろ。絶対に捕まるなよ。」

午後5時きっかりに、カイが指定した場所に自動運転車が到着した。カイは車体に表示された博士の識別コードを確認し、仲間たちに頷いた。

6人は緊張しながらも興奮を隠せない様子で車に乗り込んだ。車内は暖かく心地よかった。カイとソラ以外のメンバーは自動運転車に乗るのは初めてだったので珍しそうにキョロキョロし、程よい硬さのシートの上で飛び跳ねたりした。

車は静かに動き出し、彼らの知る再開発が遅れているエリアから、近代的な新市街地へと向かっていった。窓の外の景色が変わっていくのを、初めて自動運転車に乗った時のソラ同様目を輝かせながら外の変わっていく景色を飽きずに眺めていた。

約45分後、車は研究所の前で静かに停止した。

6人は緊張しながらも、決意を固めて車を降り、研究所の入り口に向かった。


アラタ博士は、カイから連絡をもらったあと、彼らとのインタビューの準備をしていた。博士のデスクに向かい合うようにホログラム投影されたYUKIが、青白い光を放ちながら博士と対話していた。

「YUKI、ピラニータたちとの対話の準備はどう?」
博士は指で髭をくるくると巻きながら尋ねた。

YUKIは無機質なデジタル声で答えた。
「はい、博士。彼らとの自然な雑談を促すための話題リストを作成しました。また、彼らの反応を多角的に分析するためのパラメータも設定しています。」

「良いね。直接的な質問は避けて、彼らの自然な言動から情報を引き出せるようにしたいんだ。」
博士は満足げに頷いた。

「承知しました。彼らの会話、行動、仕草を全て記録し、リアルタイムで分析する準備も整っています。これらのデータは後で精査し、ARIAのプログラムに反映させる予定です。」

アラタ博士は思慮深げな表情で続けた。
「そうだね。この分析を通じて、ARIAの判断をより俯瞰的で人間的なものにできればいいんだ。ピラニータたちの生の声や行動から、私たちが見落としている視点を見出せるかもしれない。」

「同意します、博士。彼らの独特な生活様式や価値観は、ARIAの社会理解を深める重要な要素になると予測されます。」

アラタ博士はYUKIに頷き、YUKIとの対話が一段落したところで、デバイスの中のAI秘書に声をかけた。

「AI秘書、ピラニータたちへのお礼の準備状況は?」

AI秘書の無機質なデジタルボイスが即座に応答した。
「はい、博士。ご指示いただいたお礼の準備状況は以下の通りです:

1. 栄養バランスの取れた食事の提供準備が整っています。
2. 衣類や衛生用品などの生活必需品のストックを確保しました。
3.特定の店舗でのみ使用可能な電子クーポンの発行システムが整いました。

また、本日のお土産用に、メンバー全員に充分足りるおにぎりとポットに入った温かい味噌汁も準備しています。」

アラタ博士は満足げに頷いた。

「他に追加すべきものはございますか?」

博士は少し考えてから言った。
「ありがとう。今のところは特にないかな。では、引き続き準備を頼むよ。そうだ、コウヨウ君とコトリちゃんにも参加してもらうから、コウヨウ君とコトリちゃんにことの経緯を説明したメッセージを作って。詳細は僕から説明するからふたりに僕のところに来るようにもメッセージを作って彼らに送って。」
と博士はAI秘書に指示した。

博士はピラニータとの雑談式のインタビューにコウヨウ氏とコトリちゃんを加えようと考えていた。彼らを加えることで、多様な視点が生まれる可能性があるからだった。

アラタ博士から連絡を受けてふたりは研究室でインタビューの目的など詳細を博士から聞いた。アラタ博士のところでピラニータへのインタビューの打ち合わせを終え、コウヨウ氏とコトリちゃんは一緒に研究室を出た。

コトリちゃんは博士の研究室でいちばん雑用的なことをしている20代の研究員である。ベリーショートでまだ幼さが残るふっくらした頬の顔立ちをした彼女は、一見すると少年のように見えた。

彼女の母親が中国籍の女性であることが影響しているのか、日本語を母国語とする者が日常会話で使うような略語や意味が変化した言葉などを彼女は避け、常に文法的に正しい表現を選んだ。

コトリちゃんの日本語は教科書通りの正確さで、それが逆に不自然な印象を与えた。表情の乏しい彼女がこのような話し方をすると、まるでAIロボットが話しているような印象を人に与えた。​​​​​​​​​​​​​​​​

コウヨウ氏は、以前コトリちゃんが育母制度に興味を示していたことを思い出した。
「そういえば、育母制度のこと、まだ興味あるの?」

「はい、大変興味があります。」
相変わらずの無表情でコトリちゃんは答えた。

「M博士に育母年齢対象外の女性にはプレテストっていうのがあるということを聞いたんだ。第一次選考の前に年齢対象外の人がそれを受けて、パスしたら第一選考を受けれるということなんだ。」

「そうなのですか。私にもその機会があるということでしょうか。」

コウヨウ氏は頷いた。
「そうだね。詳しく知りたいようだったら、M博士が送ってくれた資料をコトリちゃんの端末に送るよ。」

「わかりました。資料を送ってください。」
コトリちゃんは声音のトーンは全く変えずに答えた。


カイを先頭にした6人のピラニータたちが緊張した面持ちで案内AIロボットに案内され、アラタ博士の研究室のドアが開くと、

アラタ博士は温かな笑顔で彼らを迎えた。
「よく来てくれました。さあ、どうぞ中へ」

博士の隣にはスーツを着た長身の男性と、ベリーショートの少年のような女性が立っていた。

「こちらはコウヨウさん、そしてコトリちゃんです」とアラタ博士が紹介すると、コウヨウ氏が親しみやすい笑顔で会釈した。

「よろしく。緊張しなくていいからね」

一方、コトリちゃんは表情を変えずに、やや不自然な丁寧さで挨拶した。
「はじめまして。お会いできて光栄です」

その話し方にソラが思わず
「ロボット?」
とつぶやき、ハナが肘でつついて制した。

研究室の中央には大きなテーブルがあり、そこには温かいお茶と様々な種類のドーナツが並べられていた。甘い香りが部屋中に漂っている。

「さあ、遠慮なくどうぞ」
とアラタ博士が促すと、リョウタとケンタが目を輝かせてテーブルに近づいた。

アラタ博士が子どもたちをテーブルに招こうとしたとき、コトリちゃんが一歩前に出た。

「申し訳ありませんが、食事の前に手を洗いましょう。」
彼女は淡々とした口調で言った。

コトリちゃんは案内AIロボットに向かって「彼らを洗面所まで案内してください」と指示した。

案内AIロボットが、やわらかな声で応答した。
「かしこまりました。皆さん、こちらへどうぞ。」

6人のピラニータたちは、好奇心と警戒心が入り混じった表情でロボットについていった。洗面所に着くと、ロボットは丁寧に手洗いの手順を説明し始めた。

「まず、水で手を濡らします。次に、ソープを2プッシュほど手に取ります。」
ロボットは一つ一つの動作を実演しながら説明を続けた。
「指の間、手の甲、親指の付け根まで丁寧に洗いましょう。最後に、十分にすすいでください。」

ソラは興味深そうにロボットの動きを真似し、ハナは慣れた手つきで手を洗っていた。リョウタとケンタは、普段よりもずっと丁寧に手を洗っているようだった。

手洗いを終えた6人が研究室に戻ると、アラタ博士が温かい笑顔で迎えた。
「さあ、これで安心してドーナツを楽しめるね」

コトリちゃんが前に出て、やや緊張した様子で説明を始めた。
「これらのドーナツは、私が選びました。チョコレート、イチゴ、抹茶など、様々な味があります。どうぞお好きなものをお召し上がりください。」

カイは依然として警戒心を解いていなかったが、仲間たちがリラックスしていく様子を見て、少しずつ緊張が和らいでいった。

ナオが恐る恐るチョコレートドーナツを手に取り、一口かじると「うまい!」と声を上げた。その言葉を聞いて、他のメンバーも次々とドーナツに手を伸ばし始めた。


アラタ博士はSF小説ファンであり、VRゲームが大好きだった。博士はその趣味を掛け合わせ、自分の好きなSF小説や漫画、文学作品をVRゲーム化していた。プレイヤーは作品の登場人物となり、物語の世界を実体験できる。これらは研究所で、ほんの遊びのつもりで作られていた。

主なゲームはアラタ博士の好きなSF小説を基にしたものだったが、中には博士が子どもの頃から愛読していた児童文学もあった。その一つが「マイロの不思議な冒険」のVRゲーム版で、9歳の甥のために特別に制作したものだった。

物語は全てに対して無気力なマイロが、突如として魔法の国「知恵の王国」にワープするところから始まる。マイロは忠実な番犬のトックと出会い、冒険の旅に同行することになる。

冒険の中で、マイロたちは様々な奇妙な場所を訪れる。言葉が実体化する「ディクショノポリス(言葉の都市)」、数字が支配する「デジトポリス(数字の都市)」、完全な静寂に包まれた「静寂の山」などだ。それぞれの場所で、マイロは言葉や数字、音楽などの重要性を学んでいく。このVRゲームは、冒険しながら基礎的な学力を身につけられるよう工夫されていた。

道中、彼らは多くの個性的なキャラクターに出会う。言葉を重視するアザズ王、数字に執着する魔術数学者、そして後に仲間となる虫のハンバグなどだ。同時に、「無気力の沼」に住む怠惰な生き物たちや、時間を無駄にしようとする悪い妖怪「がらくた収集人」など、様々な困難にも直面する。

この物語は、学ぶことの楽しさ、好奇心の大切さ、そして知識の実用性というテーマを、ファンタジーの世界を通じて描いている。言葉遊びや論理的パズルが随所に散りばめられており、遊びながら学べるVRゲームの題材としてぴったりだった。

アラタ博士の勧めで、年少組のソラ、ハナ、ケンタ、リョウの4人が研究室のVR ルームでこのゲームを遊ぶことになった。
彼らは最新のVR機器を装着し、その没入感に目を輝かせていた。

「うわ、すげぇ!」
ソラが声を上げた。
「本当に別の世界に来たみたいだ!」​​​​​​​​​​​​​​​​

4人は最初、期待の谷のステージで感覚を研ぎ澄ませる練習をした。ハナは「音の宝探し」ミニゲームで特に活躍し、微かな音の違いを聞き分けて次々と音源を特定していった。

「ハナ、すごいね。耳いいんだ」
ケンタが感心した。

次に彼らはディクショノポリスに到着した。空中を漂う文字に目を奪われ、思わず手を伸ばしてつかもうとする。

「おい、見ろよ。言葉でできた建物だぞ!」
リョウが指さす。

「言葉の料理人」ミニゲームでは、ソラが意外な才能を発揮した。与えられた単語を使って、奇想天外だが不思議と理にかなった文章を作り出す。

「『空飛ぶ猫が月をかじった』...ソラ、それどういう意味?」
ハナが首をかしげる。

「だってさ、猫が空飛んでるからそりゃ月だって食べられるだろ。」
ソラが得意げに答えた。

デジトポリスでは、ケンタが活躍した。数字の鉱山で次々と計算問題を解いていく。

「ケンタ、頭いいじゃん。どうやってそんな早く計算できんの?」
リョウが驚いて聞く。

「んー、なんとなく?数字見てたら答えが浮かんでくるんだ。」
ケンタは少し照れくさそうに答えた。

4人は協力して魔術数学者の実験室の課題に挑戦した。3D空間で複雑な図形を組み立てる課題に、最初は戸惑いながらも、徐々にコツをつかんでいく。

「ここをこうして...」
ハナが指示を出す。
「で、この部分をこっちに動かして...」
リョウが続ける。
「あ、わかった!この形を90度回転させれば...」
ソラが気づく。
「そうだ!これで完成だ!」
ケンタが仕上げる。

図形が完成すると、部屋中に花火のような光が広がり、4人は歓声を上げた。

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