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嘘つき

クラスメートに嘘つきがいる。精神病を持っているだとか、彼氏にDVを受けているとか、1日1時間しか寝ていないとか。分かりやすいくらいバレるうそをつくから笑ってしまう。もはや私たちに話のネタ提供をしているのかと思ってしまう。でも私は彼女の気持ちがよくわかる。私も生粋の嘘つきだ。友達に話していることの半分は嘘だ。別に悪気があって話しているわけではない。ただのネタ提供。私のちょっと盛った話やありもしない話を嬉しそうに楽しそうに聞いている友達を見るととても楽しい。私まで嬉しくなる。私は人を悲しませる彼女のような嘘はつかない。そんな嘘ついても楽しくも、嬉しくもないから。彼女はどうしてそんな嘘をつくんだろう。彼女の友達は嘘だと気づいていないのだろうか。嘘つきの私が嘘つきの彼女のことを心配しているのは実に滑稽だが、私と彼女は違う。でもはたから見たらただの嘘つきな虚言癖なんだろうなと思うと少し悲しくなる。私がこうやって嘘ばかり話をするようになったのは小学生の頃だ。友達がいなくて一人だった私だったが、給食の時間に嘘の作り話をしたらみんながこっちを向いてくれた。話を聞いてくれた。質問してくれた。たくさん答えた。もちろん全て噓だ。給食の時間が大好きだった。4時間目からそわそわしてどんな話をしようか、にやにやしながら考えてる時間が大好きだった。給食が終わってみんなが好きなように遊ぶお昼休みが大嫌いだった。また一人になってしまうから。給食の時に話してくれた子達は本当の友達のところに行ってしまう。だからまた給食時間のために嘘の作り話を一人で作って一人で話す。こうやって生粋の嘘つきが生まれた。こんな私も中学生くらいの時は嘘つきを直そうと必死だった。嘘をつかないように、素直に、正直に、そう考えながら生活していた。びっくりした。こんなにも楽しくないものか、学校は別に嫌いではなかったが、嘘のない学校は本当にびっくりするほどつまらなくて色がなかった。嘘をつかずに学校生活を送っている友人に尊敬の念すら芽生えたほどだった。だからやめた。嘘をつくことをやめることをやめた。私は嘘つきだ。もうそれでいい。嘘つきな私を好きになればいいだけだ。


この世界では嘘は悪で正直者が正義のように言われている。なぜだろう。たしかに人を傷つけたり人をだましたりする嘘はダメだ。それは悪だ。でも、誰かを楽しませたい、喜ばせたいと思ってつく嘘は良いだろう。それが虚言癖といわれるならもうそれでいい。だってそっちのほうがずっとずっと楽しいもの。私は楽しいことが大好きだ。それが嘘だとしても。彼女も早く気付いてほしい。人が喜ぶ嘘をつくことがこんなにも楽しいことを。私は生涯嘘つきであり、虚言癖だ。


もしかしたらこれも全て嘘かもしれない____


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