第二十七話
付き合い出してからというもの、2人だけの時、満月は千聖の体のどこかに抱きついている。昼間は満月の家にも千聖の家にも誰もおらず、寝る時は同じ布団で寝る。つまり機会自体はたっぷりとあるのにそういうことにならないのは、ひとえに、満月が我慢しているからに他ならない。
千聖はあまり運動ができないこともあり体力がない。疲れたら熱を出すし、よく風邪もひく。具合が悪くなったらいけないので、あまり人混みがひどい所にも連れて行けない。激しい運動の類になるのではと思うと心臓も心配で、ただでさえ欠席が多くなりがちなのに、抱いた次の日1日くらいは休ませなければいけないとなると、なかなか都合の良い日がない。
実際には、出る熱は微熱だし風邪の原因は厚着のさせすぎのことが多く、人混みのせいで具合が悪くなった事実は全くない上に満月の心配性のせいで欠席が多くなっているのだが、とにかく満月の中では、強く抱きしめると崩れてしまいそうな、ガラス細工のような千聖なのである。
だがそんなガラス細工の千聖本人は、付き合い出すと自然とそうなるだろうと考えていたのは考えが甘かったと反省していた。主体的に努力をしなければと、誘い方について目下インタビュー中だ。
【①大学4年Mと2年S(交際期間4年弱)の場合…実力行使タイプ
「誘うっていうか?その気になったら、なった方が押し倒すだけ。そういや、その前に誘ったり誘われたりみたいなことはあったりするかも?でもお互い意識してやってんじゃないからなあ」
②大学院生MとK(交際期間?年。とりあえず長い)の場合…パターン化タイプ
(一瞬むせてから)「…すまない。悩んでいるのだから真剣に答えなければな。(しばし沈思黙考)…うん。特にどちらかが誘うということはないかな。向こうが俺の家に来るので、その気があれば泊まって行くし、なければ夜には帰る。そう考えれば、泊まるということ自体が意思表示であり、誘っていると言えるのかもしれない。…まあ、全て向こう次第だ」
③社会人KとM(交際期間2年弱)の場合…ルーティンタイプ
「あいつ誰かとやった後は大体来るんだよ。あと、急に来たり、気づくと来てたりとか。来たってことはそういうことがしたいってことだろ?だから会うと毎回。なんか普通に?寝る前の運動的に」】
千聖は難しい顔で自分のメモを見た。
…困ったな。誰も誘ってない…
そして千聖はBKD部室にいた。
「それは誘い受けということですね」
スナイパーのようにキラリと目を光らせた睡陽が、神速でバックナンバーを選んで渡してくれる。その参考資料を見、これはなかなか難易度が高いとゴクリと唾を飲んだ。
どこからともなく引きずり出してきたホワイトボードに、急にメガネをかけだした睡陽が板書してゆく。左右両方向に伸ばした矢印を描き、
「まずセリフですが、直接的なものから間接的なものまで様々あり、最も直接的なものは例えば」
と、マジックの跡も黒々と左端に書く。
“今日はしないの?“
そして右端には
“寒いから引っ付いていい?“
と書き、それをマジックの背でコンコンと叩きながら言った。
「このように間接的な場合は、その後の行動と合わせて誘うことになるでしょう」
“+行動“ と赤マジックで付け足す。
「また、独り言を呟くという方法もあります」
黒マジックで書いたのは。
“ 手ぇ出して来ないんだ…“
というセリフで、場所は矢印のちょうど真ん中だ。
「これはここ辺ですかね。相手にうまく聞こえれば、行動なしで誘えるかもしれません」
最後に、少し離した位置に「※」を書き、“ 服を脱ぐ“ と書き足した。
「後は目の前で服を脱ぎ出すという方法ですね。話さなくて良い分、意外と楽かもしれません」
千聖はホワイトボードを写メし、板書を見ながら真剣に考えた。
したことがないわけだから、“今日はしないの?“ はちょっと厳しい。“手ぇ出して来ないんだ“ はギリいけるだろうか?でも今まで一緒にいて言わなかったくせに、唐突にそんなことを言い出す不自然さは否めない。ならば、“寒いから引っ付いていい?“ しかないが、そろそろ夏になる今の時期、残念ながら全く寒くないのだ。
…敢えて冷房をガンガンに効かせるとか?
「こんなに寒くすると風邪ひくだろ」と速攻満月に消される未来しか見えない。とすると、もう目の前で服を脱ぎ出すしかないではないか。
覚悟を決めれば服を脱ぐの自体はできる。
けれど、「え、風呂入りたいの?」ということになり風呂に入ることになってしまったり、「そんなに暑いなら涼しい方の寝巻き出すよ」と新しいパジャマを出されたりするのがオチだ。
誘い受けってなんて難しいんだ…
八方塞がりになりガックリと落ち込む千聖に、睡陽から救いの手が差し出された。
「なら、こういうのはどうですか?」
そこには、上だけ着たパジャマが大き過ぎて萌え袖になった星陽が下から見上げながら
「そんな風に見られたら興奮するだろ」
と言っているコマがある。
これなら何とかいけそうだと思った千聖は、その後じっくりと萌え袖やセリフ、見上げ方などのレクチャーを受け、夢で見るほどに脳内シュミレーションをしまくった。
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