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第十七話

 星陽を迎えに来た弥幸は思わぬ妨害に遭っていた。
「ここから先は僕ん家だから入らないで!星陽、行きたくないって言ってるでしょ!」
 寺の裏の一軒家、柵はなくポスト用の柱が一本立っている前で、千聖は弥幸を睨みつけ構えた竹箒を向けている。どこからともなくやってきた白梟までもが柱の上でバサバサしたり、時々飛んで来たりして威嚇した。
 迎えに来た足でホテルに星陽を連れて行こうと思っていた。空知とは何でもないということは本人と会って話してもらった方がわかるだろうし、この先星陽も安心だろうと考えたからだ。
 迎えに来たこと自体は嬉しそうだった星陽は、「ホテル」という言葉を聞いた途端に手を振り払った。何のために連れて行こうとしているか説明したいのでその手を掴み直したところ、目の前に千聖が立ち塞がったのが十数分前だ。
 もはや玄関まで戻ってしまった星陽が怒鳴っている。
「ぜってー行かねーからな!何でお前の浮気相手なんかに会わなきゃなんねーんだよ!!」
寺の濡れ縁に出て、騒ぎを咥えタバコで見学しているサンドラを向いて弥幸は言った。
「お前の息子だろ!こいつらに俺の話聞くように言えよ!」
「やー。こうなった千聖は満月の言うことしか聞かないからなあ。お前も大変だな。ここから見てると誘拐犯みたいだよ」
 役立たないな、おい。
 プードルがポメラニアンを庇ってるようなもんで正直全然怖くないし、その気になればこんな妨害は簡単に突破できるのだが、その方法は当然まずい。
 満月と一緒に来るんだったな。ここでこんな手間を取るとは思わなかったよ。
そんなに嫌なら空知とは会わなくていいのだが、その話ももう聞いてもらえそうにない。
 にっちもさっちも行かないなと思っていた時、
「千聖、ステイ!」
背後から満月の声がした。
その効果は絶大で、「え、満月?」と千聖はすぐに竹箒を下ろす。
「こんなことになってんだろうなと思って、交換条件出して代返はBKDの2人に頼んだよ」
お前いつの間にあいつらと知り合いになったんだと思うが、それはそれとしてファインプレーだ。ちょうど背後に太陽があるからか神々しくさえ見える。
「あと千聖、後ろに従えてる幽霊消して」
「…頭が3キロくらい重く感じる程度の霊だけど…」
とボソっと言いながら、千聖は後ろ手で何かをした。その霊で何をするつもりだったのだろうか。弥幸には全く見えないが地味に嫌な効果だ。
どうぞと言うように満月が手を動かした。やっと事情を話すことができる。

 「お前が見たって言うキス、あれ撮影の練習だから」
弥幸は言うと、側にいた満月を引き寄せあの時やっていた通りの動きをする。
「…へ?」
と、その場にいた全員が息を飲んだが、キス相手の満月が体を離しながら言った。
「…へえ。全然唇離れてるけど、そっちからはしてるように見える?」
「び…っくりした。うん、本当にしてるように見えるよ」
千聖が呟くように言い、いつの間にか玄関から出て来た星陽も頷く。
「そういうこと。空知はカメラマンとして練習に付き合ってくれただけだし、あいつにはちゃんと恋人がいる」
 ん?
という顔をした星陽が尋ねた。
「名前もう一回言って。そいつの苗字なに?」
「なんか…変わった苗字だったな。井地口…とか?」
ポケットから携帯を引っ張り出してスクロールしだした星陽が呟いた。
「…わ。やっぱ先輩だわ」
中1の時、上級生に絡まれていた所を助けてもらい連絡先を交換した3年の先輩だった。それから先輩が卒業するまで仲良くしてもらい、とても気が合ったのだが、先輩が卒業した後何となく疎遠になった。高校も同じだったのに結局連絡もせず終わってしまったのだ。
 昨日の落ち込みも今日の騒ぎもケロリと忘れた星陽は、帰り支度をして弥幸の元へ走り腕を組む。
「そのカメラマン、知ってる先輩だ。会いに行こうぜ」

 「2人とも、ごめん!ありがとう!この礼は必ずする!」
振り返りながら飛び跳ねるように手を振る星陽が視界からいなくなると、満月は千聖に一言注意しようと口を開きかけた。
が、「ねえ、満月」と千聖の方が先に口を開く。
「視界が回るし、頭痛い…」
どうやら二日酔いらしい。
「…吐きそう」
言い出したので、いつものように背負うと急いで自分の家へ向かう。
「大丈夫か?ちゃんと吐けそうか?布団敷いて飲み物とか買って来るから、寝て待っとけよ」
それぞれに、うん、うん、と頷いてから、満月の背にくっつく。
 そうして慣れた体温を頬に感じながら、千聖は昨日からずっと考えていた決心を固めた。

いつものおんぶ

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第十八話〜弥幸✖️星陽

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