第三十二話
弥幸はモデル衣装のまま、ロビーの一角を眺めていた。
「次、そこの階段使いますよ」
声をかけてくる空知に言う。
「やっぱりこれズルくないか？」
ホテル企画で夏の思い出写真コンテストをしていたらしく、賞をとった写真が引き伸ばされて掲示されている。
「確かに他の写真よりは格段に良いカメラ使ってますけど、2人のビジュアルが良いのが効いてるんじゃないですかね。ホームページに使いたいくらいです。星陽と2人で写真撮る気ありませんか？」
優勝者は「天沢星陽様」と星陽なのだが、写真は空知が撮った花火大会の時の写真だ。いつの間にか応募していたらしい。
「申し訳ないから優勝商品は渡すよ。星陽もいいって言うだろ」
と、商品が何かわからないまま言っていた弥幸だったが。
まさか、商品が遊園地のペアチケットだったとは。どうりで掲示写真にカップルのものが多かったわけだ。
その上いつの間にかメールのグループができていて弥幸も勝手にそこに入っており、空知と愛和の2人だけではなく、およそ知り合いのカップル全てが開門前の遊園地に集合している。
叶芽と正義のところで華やいでいる星陽と千聖のせいでなんとなくあぶれている弥幸と満月は、2人で立ち話をせざるを得ない。
「なんであの2人が来てるんだよ」
「はいはい、イラつかない」
満月が飴を渡しながら言った。
「星陽と千聖で、2人も呼びたいって盛り上がったみたいでね。まあ、あれじゃん？医者2人いれば何かあっても安心な所あるし。正義さんは千聖の担当医でもあったしね」
満月はとにかく千聖のことしかないので、愚痴る相手としては本当に無意味だ。
「あの異様にイケメンの人たち誰？」
愛和が聞いて来る。確かに愛和と空知は叶芽と正義を全く知らないし、天音と久重も顔ぐらいしかわからないだろう。
答えたくないので飴を舐め続ける弥幸を見て、ため息まじりに満月が答える。
「ウチの大学医学部の大学院生だよ。2人とも医者で、メガネの方が千聖の担当医もしてくれてた正義さん。もう1人は星陽の推しの叶芽さん」
「へえ、すごいなあ。医者でイケメンなんて最強だろ」
言ってから、空知を振り返ってちょっと笑った。
「でもあの2人付き合ってるから、ちょっと狙えないな」
「付き合ってんのか？」
と言う驚きの声は弥幸と満月で重なった。
「え、見るからにでしょ？」
愛和は弥幸と満月、空知を見回すが、空知もちょっと首を傾げている。話が気になって寄って来た天音と久重に至っては、叶芽と正義をまじまじと見て、顔を見合わせていた。
「雰囲気もだけど距離感とか顔合わすタイミングとかさ。あれは長いよ。俺、決まった相手がいるヤツの時は慎重に行動するからね。その勘が、あいつら付き合ってるって言ってる」
そんな勘を動員されているなら、信じざるを得ない。
「そして俺の商売勘が、あの2人とは知り合っておくべきだって言ってる。メガネじゃない方ちょっと政治家っぽいし、将来の太客じゃないか？よし、挨拶しに行くぞ」
言うと、天音と久重も連れて、2人の元へ行ってしまった。
「あれ、良いのかよ」
口の中の飴をガリっと噛み潰して、弥幸は空知に言った。
「いつもの事なんで」
と、ちょっと面白がってすらいるようだ。
この機会にと、弥幸はいつも気になっていることを聞いてみた。
「愛和、誰とでも寝るんだろ。お前平気なの？」
「俺が恋しくなるみたいで、その後大体ウチに来るんですよ。可愛いでしょ？」
…そうか？
とは満月も思ったらしい。空知に言った。
「それスッゲー嫌じゃね？ちょっと前に別のヤツとやってたわけだろ？俺、千聖相手でも、さすがに普通にキレる自信あるわ」
「そりゃやって来てた方が良いとは思わないし、相手のことを聞きたくはないですけど。元々そういうヤツだって知ってて付き合ってるし、あいつの仕事自体、少し水商売的なところもありますからね」
言うと笑った。
「ああ見えて俺のこと大好きだし、俺には一途ですよ」
確かに人目を憚らずベタベタするし、愛情表現がわかりやすいと言えばわかりやすいが。
「それに自信があるんです。愛和は俺が一番好きだろうし、何より俺以外にあいつと付き合えるような人間はいないっていうね…あ、開門しだしましたよ」
門の前で待っていた客たちがざわつき、チケット売り場へ急ぎ出す。空知は叶芽と正義を中心とする集団に声をかけてから、動く人々にカメラを向け写真を撮りだした。
弥幸は優勝商品としてもらったペアチケットを空知と愛和に渡しているので、満月と一緒にチケット売り場に向かう。
空知の言葉を反芻しながら、弥幸は満月に言った。
「…俺らは自信が足りなさ過ぎるのか？」
弥幸の言葉に満月が答える。
「や、でも俺らの感覚間違ってないよな」
言ってから、付け足した。
「…って今まで思ってたけど？」
「だよな」
と弥幸は応じる。
「自分の感覚が普通だと思ってたけど、なんか自信無くなってきたわ」
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