moonlit night dream1

 
 giannni

 足元に横たわる女性を手早く確認して息をつくと、立ち上がって空を見上げた。
今は夜の時間だ。空は暗く満天の星で月が明るい。高い場所にレールがいくつも通り、タクシーは光の尾を引いて空を飛んでいた。
 灯りが煌々とついたビルがいくつも重なり奥行を作っている。その突き当たりにはもう1つの月があった。
 ここは大きな宇宙船とも見える人工都市だ。朝、昼、夜の時間は8時間ずつとカッキリ決まり、それなりに夕焼けや朝焼けがありつつ24時間がまわる。
 ジャンニはいつも思っていた。ここはおかしなところだ。

 足元に目を戻す。
…まだ消えてないな…。
思っている傍から、その女性の遺体が消えた。と同時に、白いフクロウが飛んで来て肩にとまる。
「うん、終わったよ。ありがとう」
雪梟のソルに話しかけると、建物の影から出て歩き出した。
 革製の黒いブレザーに黒いTシャツ、黒のジーンズに黒いショートブーツと全身黒で固めているのは黒い服が好きだからというわけではない。返り血を目立たせないためだ。     

 首にかけているロザリオはファッションではなく本物で職業は牧師なのだが、その牧師協会での所属はハンターだった。配布されているモバイルウオッチに不定期にハントの指示が来る。時計をしてようがしてまいが場所は常に把握されているようで、仕事が終わったら遺体はどこかに消えた。
 今まで何人もこの仕事につき、何人も逃げた。その気持ちはとてもわかる。人を殺したい人間は牧師になんかならないのだ。殺す相手に殺されるほどの罪があるとも思えなかった。
 自分だってこんな仕事はしたくない。けれど断れない理由がある。

 いつも電気がつけっぱなしの家に帰ると、ドアノブにビニール袋がかけてある。中を確認してドアを開けると、狼の子どもが飛びついて来た。夜狼の子どものユオだ。
「待って待って」
とそれを引き剥がすと、留守番をさせられた上に甘えることもできないユオがわかりやすくしょげている。
「ごめんね、服が汚いから。着替えるまで待ってて」
ユオをダイニングテーブルの上に置くと頭に顔を埋め、背を撫でながら言った。
「椅子の上に良いものがあるよ。見てごらん」
肩から頭に移動していたソルも椅子の背を経由して座席に降りる。ユオが振っている尻尾を見ながらバスルームに行き、服を洗濯機に投げ込むとシャワーを浴びた。

 良いものというのはケーキだ。ユオは甘いものが好きなので、留守番のご褒美に、2人のご飯を買うついでに買ってきた。皿に出そうとしたのに広げた箱の上に陣取って動かないので、そのままの状態でケーキのビニールを取る。
 ソルには普通に果物と肉を皿に盛り、机にいる足元に置いた。食べ始めるのを見るとドアノブのビニール袋から箱を出した。中を見て思わず呟く。
「…今回は多いなあ…」
箱の中は縦3列、横4列に綺麗に立ち並んでいる注射器だ。これをジャンニは今から自分に打たなくてはならない。
 ある日何の記憶もなく目覚めたのは病院だった。そしてその時すでに、これだけの、かなり高級な薬を打たなければ生きていけない体だった。もっとも、もっと少ない時もある。モバイルウオッチから体の状態がわかるのか、週一回届けられる薬の量はまちまちだ。そして、これを届けてもらうために、ずっとハンターを続けている。
 ちょっとこれは覚悟がいるな。ゆっくりやろう。
思っていると、机に置いた時計が着信音を鳴らした。
 今日終わったばかりなのでしばらくないと思っていた指示が来ていた。途端に、買っていたケーキを食べる気が失せる。その様子が分かったのだろうか。果物を突いていたソルが首を傾げて心配そうに見上げ、ケーキを食べていたユオすら食べるのをやめてこちらを見る。
「ごめんね。大丈夫。気にしなくていいよ」
強いて笑うと2人を撫でた。そう言っても心配はしてくれるのだろうが、これは自分の問題だ。

 目覚めた時から、死んではいけないと、それはなぜか強く思っていた。おそらく記憶がない部分の自分に、そう思う何かがあったに違いない。ともかく、それが何だったのかわかるためにも死ぬわけにはいかない。
 冷蔵庫を開け、上段に並んでいる缶を1つ取る。ポケットにたくさんあるサプリの瓶から規定量ずつ机に出すと結構な量になった。それを、缶の中身のドロっとした栄養補助剤で流し込んでゆく。辛く感じるほど甘いこれは全然好きじゃなく、何とか喉に送り込んでもそこから戻しそうになるのだが、何とか堪えて飲み込んだ。
 体力の関係なのだろうか。薬が強いらしく、胃が空の時に注射を打つとしばらく動けなくなってしまう。用意したものがなくなると箱の中の注射を見た。
 ついでに済ませようか…。
 これが週一回なのは本当に良かった。


moonlit night dream 2 /kugai

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