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ヴァサラ幕間記4

バッタとアシュラ①

 町に鐘が鳴る。付近で戦闘が始まったことを告げる印だ。
しかし、それを聞いた人々で、焦って家に入る者は誰もいない。彼らはその「付近」がかなり近かろうと、意外と遠かろうと、ヴァサラ軍がいる限り、爆発物が降ってくるなどの二次被害はもちろんのこと、反乱軍が町に入るなどという事態は起こり得ないと確信しているのだ。
 大人達が区切りの良いところまで仕事をしてからめいめい家に引っ込む一方、遊んでいた少年達は町で一番高い場所を一斉に目指す。
 町外れの丘は既に子どもたちで一杯だ。一足遅れたことを悔やみつつ、人混みをなんとか掻き分け進んでいくと、目の前に崩れかけたレンガの壁が現れる。急いでよじ登ると、眼下少し遠くで、2つの軍隊が切り結びながら混じりあって行く途中だった。

 やがて大きな一群となり、どちらがどの軍隊ともつかなくなった中、常にヴァサラ軍だとわかる部分が1つだけある。軍隊が切り裂かれる一角だ。
 そこにいるのは覇王ヴァサラだった。鬨の声が上がっては不意に消える。と同時に集団の1部にポッカリと穴が空く。何度も繰り返されるそれの中心にいるヴァサラはまるで草でも刈るかのように敵をなぎ払い続けていた。
 思わずゴーグルを外したバッタは、息を呑んで目の前の光景に見入った。
 ヴァサラが歩く速度で人の壁が薄くなる。取り囲む人数は徐々に少なくなってゆく。それに伴って小さくなる、鬨の声が消えた時には、最後部にいたはずのヴァサラは軍の先頭にいた。
 ヴァサラ軍と反乱軍は対峙する形に戻る。だが数の違いは明らかだった。反乱軍が退却していくのを悠然と見送るヴァサラがふと丘の方を振り返ったのは、ただの気まぐれだったのかもしれない。
 でも、その時、バッタは思ったのだ。
 “覇王ヴァサラが僕を見た。

 十数年後、バッタはヴァサラ軍として戦っていた。そして、見るのと参戦するのとでは全く違うのを身をもって感じていた。少しでも気を緩めると命を失う緊張感、なのに全く減らない敵の数。
  まだ続くのか。
思った瞬間、集中力が切れた。と同時に、カサーベルが飛ばされた。兵士達の足元に紛れ消えるカサーベル。体勢を崩した所に迷いなく振り下ろされる太刀筋。
 終わった…
頭から叩き割られた自分の死体が蹴り飛ばされ踏み越えられてゆく数秒後が見えた。
 切先がスローモーションで落ちてくる。その向こうは雲一つない青空で、
 これなら明日も快晴だろうなあ。
と、今から死ぬ人間にはどうでも良いことをぼんやりと考えていた。

 だから、目の前の相手が横なぎに吹き飛び、砂埃舞う白い地面が急に現れた時、何が起こったか分からなかったのだ。

 斬撃に裂かれた空気が頬を切った時、我に返ったバッタは呆然とゴーグルを外した。
 目の前には、二刀を構え、次の攻撃に身を屈める黒い背中があった。

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