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心理学におけるマイクロパブリケーション


これは「Open and Reproducible Science Advent Calendar 2019」の16日目の記事です。簡潔にまとめると,単なる妄想です。ちなみに脚注の方が長いです。

ジャーナルいろいろ変貌(かわ)ってきたよね話

arXivができて28年,PLoSができて17年,OSFができて6年。その間に学術出版業界は大きく様変わりしてきました。オープンアクセス,オープンマテリアル/データ,プレプリント,プレレジ,出版後査読などなど・・・「APAの雑誌を研究科が購読して読んだり載せたりしとけば大体OK」な時代とはもはや全く異なります (むしろJEPとかを読めない機関が増えてきました : _ ; )。ジャーナルの権威やインパクトファクターではなく,個別の出版物の価値を自身の目で判断していく時代に入りつつあります。大変ですね。

ジャーナル側も常に進化を続けています。個人的にはAPAがオープンアクセスジャーナルを出したときは結構驚きました。そういうの嫌いなのかなって勝手に思っていたからです。他にもPeerJやF1000などが新機軸を垣間見せて来ましたが,特にeLifeやCortexなどは次から次へと新たな出版オプションを実験的に打ち出してきており (査読に従うかどうかの選択制Exploratory Reportsinteractive figureなどを含む再現可能な論文マルチラボ考察出版などなど),そのたびごとに隅っこでごく一部が沸き立っている感じの日々です。まあこれ系の細かい話はそのうち認知心のテクレポやその他で行う予定ですので,もしも見っけなすったらその時にぜひ。 (注:テクレポ出ましたのでリンク貼りますね。007です。

マイクロパブリケーション話

そんな中,学術論文におけるマイクロパブリッシングが(マニアの間で少しだけ)注目されるようになってきました。そもそもマイクロパブリッシングとは小規模な出版元(ほぼ個人)が小規模な市場にて小ロットで印刷しオンデマンド出版するようなものをだいたい指すのですが,これにはまあ色んな意味で身軽だという利点があります。その利点を活かしつつ,学術出版に利用しようという動きが出ています。というか実はけっこう前から出ています。それがmicroPublication Biologyです (似たようなのはMolecular Brainにも原稿タイプとして存在しています)。microPublication Biologyでは,最小単位での本文(ほぼDescriptionとMethod関係のみ。イントロや考察は極小),迅速査読,迅速公開(1週間以内),知見をダイレクトにゲノム系データベース(WormBase)へ登録など,高速かつ柔軟です。通常の新規性重視研究でもいいし,再現実験でもいいし,ネガティブリザルトでもいいし,その他の活動紹介やMethodology論文でもいいっぽいです(これとかマジですごい・・・)。まあつまりこのブログもちゃんと書けばたぶん出せます。で,こんなのを心理学でもできませんかねえ,というのが遅くなりましたが今回の趣旨です。

心理学でもマイクロパブリッシュるぜ!話

というわけで,デモ的なマイクロパブリケーションジャーナルを用意してみました。雑誌名は適当にPsychological Micro Reportsとかにしときます (PMR)。ゴミみたいなURLですみません。デモなんで。

https://sites.google.com/view/pmr-journal/

コンテンツもへったくれもないスカスカですが(デモなんで),これを元に説明を加えていきます。まず,心理学分野ではイントロや考察がクッソ重視されてて長々書きまくるように伝統的に教育されてきていますので,これらを極小に留めるにはどうしようかいなと考えました。とりあえずArticlesのサンプルを御覧ください。e0001の論文は,実験の方法までしか書かれていません。最近だとピンと来る人も多くなったと思いますが,これはRegistered Reports (レジレポ) のStage 1と同じです。同様に,e0002の論文は結果から書かれています。これはStage 2の「加筆」部分と同じです。私はかねがねレジレポにおける事前登録組と実験組での分業を推奨してきましたが,それが最も実現しやすそうなのがこのマイクロパブリケーションという形式ではないかと思えてきたのです(*1)。このような分業により,実験実施者が仮説設定者と異なるためにQRPsを無意味化し,研究者ごとに自分の得意な仕事を集中して行えるようにし,密かにおかしくないか?と思い続けていたレジレポオーサーシップ問題も解決できます(*3)。

これまで幾度もレジレポ追試 (つまりRegistered Replication ReportいわゆるRRR) をメインサブ問わず行ってきましたが,そのたびにイントロでそれを実施する正当性のディフェンスをめっちゃくちゃ要求されてきました。正直言って,(お前は何の科学的発見もできねぇんだな!とか言われつつ)追試があまり評価されない今のご時世の中で,あんなにキツイ思いして正当化してまでわざわざ追試をやる人なんか出てこないだろーと思えるほどです。そもそも弱理論・発見志向研究が支配的な状態である心理学界では,追試の数が多いほど理論の正しさの検証が進むはずなんです。じゃあもう個別の追試論文のイントロで理論の話なんかしても仕方ないことが多いし,いっそのことマイクロパブリケーションでほぼその辺省略しちゃえ,と思いました(少なくともそのパターンもアリにしませんか?ということ)。つまり,追試研究へのハードルを下げ,報告数を増やすことを狙っています。大学での実験の演習授業でもやりやすいし,これなら市民心理学者の参加障壁も下がるのではないかと期待してもいます。ただし,マイクロパブリケーション自体がそんなに御大層なものじゃないので,ちゃんと業績リストには別欄作ってそこに書き,業績水増しに利用しないようにね!的なこと(かなり意訳)をmicroPublication Biology自体が言ってます。

To avoid confusion with other publications, we recommend that your microPublication articles are included in a separate section with the heading “microPublications”.

さて,話をPsychological Micro Reportsに戻します。こんな感じの雑誌を誰か作ってくれーというのが望みです。当デモジャーナルの方ですが,今回さすがにオリジナルDOIを登録できるところまでは作れませんでした。でも実際は,掲載論文はPsyArXivにアップして,そこへのリンクを掲載していくオーバーレイジャーナル方式でもいいのかなーという気がしています。少なくともDOIは付きます。ちなみにe0001とe0002はさすがにPsyArXivにアップしてません。デモ論文で永久記録を残してしまうのは憚られたのでとりあえずGoogle Driveに放り込んでおります。一方,e0003はPsyArXivに出してます。ただ,糞ショボ投稿システムでは常に投稿を受け付けてますし(Google docsやOverleafなどの「シェア」でも投稿OKにしてます),PMRには一応ジャーナルとしての最低限の機能は与えておりますので,やろうと思えばこのまま続行もできますw誰か究極の物好きが投稿してきたら査読しますねwあとCRediT利用constraints on generality (COG) の呈示など最新の議論も導入済み。掲載料はもちろん無料でオープンアクセスです。エディターも募集中。だけど,なってもやること何も無いですよ。

私の妄想はこれでおしまひであります。


以下は脚注話

*1 実はこれには先例が無いわけではありません。F1000Researchではまあまあ先進的な方式が採用されています。それがこのStage 1と2の論文としての分割です。我々もいまStage 1の論文が一つ進行中ですが,このあと実験してもう一度Stage 2論文として投稿する際は,Stage 1とは別論文扱いでの新規投稿になるようです。

実はもう一つ,おそらく「本来は意図されていない」使い方によってレジレポの分業がなされようとしている例があります。これっす↓

これも知る人ぞ知るですが,Psychologyはプレデタリ(出版社の)ジャーナルとされています(SCIRPでBeall検索)。姉妹誌の査読をあえて受けてみた際にそれは実感しました。

この雑誌に,方法までしかなく,実験なしの論文が掲載されたのです。これはまさしくStage 1です。しかもStage 2を出す意図はほぼ感じられず,この論文で完結しています(著者達がそもそもこれしか論文出していないぽい...)。Psychologyにはもちろんレジレポ制度などないのですが(COSにももちろん認識されていません),ここが実験無しの論文を通すのかは投稿規定見る限り不明ですのであまり気にしてないのかもしれません (Article type: One Columnとのみ記載)。そもそもチェック体制がアレですし・・・。なので彼らは意図せず先進的な取り組みをやっちゃってるんだなあ,あるんですよねそういうことって(稲川淳二風)的に感じていたのですが,気になるのはやはり査読がアレなことですよね。レジレポはStage 1査読が命です。ここでゆるゆるだと,そのプロトコルに忠実に従った実験結果を出しても意味をなしません。なのでとっても複雑な心境です(*2)。


*2 まさかの脚注in脚注で恐縮です。ちなみにこの研究提案自体は面白いです。Casasantoの身体特異性仮説について,上下と感情との強固な連合がなぜ生まれているのかはこれまでよく説明されていません。我々もこれまで太陽位置がどうのとか重力方向がどうのとかいろいろと推測はしてきましたが,少なくとも上利きや下利きがいるのかというところから知りたいなと思っておりました。日本語でのこの辺の詳細はまさに最近の心評のやつで↓

https://psyarxiv.com/4qnfk

で,このPSYCH論文ではまずは身長との関連を見てみなよ,と提案しています。まあ第一歩としては十分ありですね。卒論でも簡単にできます。他にもアイデアジャーナルはいろいろあるので (New Ideas in Psychology, Medical Hypotheses, BMC Research Notes, あるいはF1000Researchなど),そっちに出せばよかったのにと想う次第です。

というわけで,実際に↑のPSYCH論文のアイデアをテストしてみました。それがe0003です。結果として有意な関連なし!なんですけど,論文にも記載していますが,プロトコルからの逸脱が大きく一般性も低いため,これで結論は難しいです。でもこういう使い方できると良いんだろうなあと思います。査読もちゃんとしますしね(e0001-0003以外は)。


*3 従来のレジレポでは,Stage 1と2でオーサーは同じです。でも明らかに実験実施メインで参加する予定の人もいたりしてて,その人もStage 1の時点で著者に入ってます。ということは,この人はその時点で貢献していないのに著者になっていることになり,ギフトオーサーシップと同じ状態になります。「大丈夫大丈夫,Stage 1はまだ完成された論文の形じゃないからあくまで途中経過ね。だからこの時点では業績にもならないし,ギフトとかには当たらないよ」という意見もあります。じゃあ今度は逆に,実験を開始した後に,予想外の困難が生じたために協力者を必要とし,その人の貢献が非常に大きかったためにオーサーに加えないとおかしいという状況が生まれたとします(加えなかったら今度はゴーストオーサーシップになるレベル)。実際,我々も先日の心理学評論での追試研究で全く同じことが起こりました。Stage 1Stage 2では著者が異なります。米満さんはStage 2完成のために極めて重要な貢献をしたため,オーサーに入らないとおかしいという状況になったのです。ではこのとき,Stage 1での著者たちの苦労はどうなるのでしょう?実はStage 1の方がイントロの正当化や方法の適正化などへの査読コメントが多く入るため,作業量がかなり多いのです。しかし米満さんはこの時点では実験の中身すら知らないような状態でした。(米満さんは実験でマジで貢献したので大丈夫ですけど)これはフリーライダーを多く呼び寄せる可能性を孕みます。載るのがほぼ確定しているのだから,例えばNatureからacceptance in principle (Stage 1アクセプトのことをこう呼びます) がもらえたと聞きつけた人が不自然に大量に共著者として押し寄せてくる場合もきっとあるでしょう。別の例もあります。レジレポは査読を2デッキやる特性からけっこう時間がかかることがあり,卒論生とか修論生とかがStage 1までしか参加できずに卒業してしまって,Stage 2では投稿同意の確認すら取れず,泣く泣く著者から外さないといけないケースが起こりえます。この場合,Stage 1までのその学生のエフォートは雲散霧消することになります。おかしくないですか?解決策はシンプルで,Stage 1と2を別の論文にしてしまえばよいのです。オーサーシップ関係の問題はこれでほぼ片付きます。また,Stage 2は簡単な逸脱性チェックで終わることがけっこうありますが,これはStage 1でキッツい査読を既にしているからです。ここでなかなかヤバみある問題を見逃してしまうことが起こりえます。別の論文にして,Stage 2相当の実験論文もきちんと査読したほうが良いと思います。


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