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何もかも完璧だった赤坂の夜/’21月組『ダル・レークの恋』①

はじめに

 月組赤坂ACTシアター公演『ダル・レークの恋』を観劇しました。

 ありがたいことに生で2回、配信で1回。
 それでも足りない!観足りないし語り足りない!……ということで、梅田芸術劇場公演も千秋楽を迎えたこのタイミングではありますが、赤坂ACTシアター公演の記憶を残しておきたいと思います。

 今回は(え、次回もあるの?)、ストーリーにも触れつつ主に役者について。その中でも特に、役替わり赤坂バージョンのあまりの完璧さについて。


完璧なカンパニー

 月城かなと、海乃美月、暁千星、風間柚乃。 
 2021年月組『ダルレークの恋』(役替わり赤坂版)の骨子を担った役者たち。月組を愛する観客からすれば、主要キャストにこの名前の並びがあるだけで公演の成功が想像できるというもの。

 私はよく誉め言葉として「作画が同じ」という表現をしてしまうのだけれど、本当にこの表現がぴったり。まるで同じ画家か漫画家によって描かれたような統一感のある美しさ。
 タカラヅカ全体を眺めても、真ん中付近がこうも揃うことはなかなかない(というか、おそらく新鮮さや化学反応を求めて、あえて「作画が同じではない」組作りが行われている)。

 だからこそ、たまにこうした完璧なカンパニーに出会うと、舞台を見ている間、まるで時が止まっているような濃密な幸福感に包まれる。


美しいトライアングル

 月城かなとと暁千星、風間柚乃の並びは、そっくりそのままラッチマンとペペル、クリスナの関係性に例えられる。

 どういうことかと言うと、多分、ラッチマンの中にはペペルとクリスナの両方の人格が存在していて、ラッチマンにとってペペルは憧れが詰まった「なりたい姿」——ある種理想とする人格(ただ、ここが難しいところで、ラッチマンはペペルの生き方に憧れ理想としつつも、どこか無意識に距離を取っているようなような気がしてならない ※ラッチマンの話をするときにまた改めて語りたい)であり、逆にクリスナは忌み嫌う「なりたくない姿」——ラッチマンを取り巻いてきた生育環境そのものであり、捨て去りたい人格なのである。

 それがまあ、月城・暁・風間の並びから受ける印象によく似ている。この三人は間違いなく「作画が同じ」なんだけれども、ただ単調に均一なわけではない。
月城・暁は並ぶと正反対の魅力を放つ。太陽と月、光と影、そんな表現がよく似合う。対立関係にしろ仲間関係にしろ「相手に不足なし」で説得力があり、さらに、お互いの魅力が被らないどころか助長し合い、惹かれ合うことができる。ここまで主演と二番手の相性が良いのも珍しい。
対して、月城・風間はよく似た美しさを持っている。WTTの花の巻、花の男と鏡の男を観た方なら言わんとすることが十二分に伝わるはず。まるで、主人と影武者のようにぴったり寄り添い合う……月城・暁とはまた違った意味で光と影の関係にあると思う。
暁が翻弄し世界を広げ、風間が影となって深みを持たせ、真ん中の月城をさらに輝かせる。
 なんとも美しいトライアングルである。


役替わり赤坂バージョン

 役者について、もう少し具体的に語るとしよう。

■暁千星×ペペル

 暁千星という役者は不思議な魅力を持っている、とつくづく思う。

 陰陽の2つのグループがあれば陰に分類されるタイプなのに(※まあまあ歪んだ個人的な解釈の自覚はある、根拠は語ると長くなるので割愛)、キラキラギラギラと周りの誰よりも強い光を放っている。端に置くと自己発光のし過ぎで逆に悪目立ちするが、いざ真ん中で光を当てると、ゆらり、闇が浮かび上がる。私のような歪みまくった観客の感情を存分に掻き乱してくれる、大スターの卵である。

 その持ち味が、今回のペペル役にこれ以上ないくらいハマっていた。ペペルはまさに、「スター」にしかできない役である。1幕の終盤、前触れもなく颯爽と現れ、場を掻き乱すだけ掻き乱してまた飄々と去っていく。
唯一の悪役かつ色男役、さらに、ともすれば息が詰まりそうな濃ゆい人間劇、その中にときおり異国の風を吹かせて劇場を弛緩させる、ある種の道化役ですらある。明るくて憎めない、だけど、悪役としてこの物語世界のありとあらゆる罪(なんせラジエンドラは「前科十二犯」……!)を一身に背負う業を、ちょっとした台詞や表情で感じさせなければならない。
 さながら太陽のはったりを効かせた月の役回りである。


 とまあ、暁千星とペペルの親和性について、noteらしく語ってみたけれども………ねえ、暁ペペル、カッコ良かったね!?!?!(急なTwitter仕様)
 月城ラッチマンは、思わず胸の辺りで腕を組んで「素敵ですわ……」と身悶えする格好良さなんだけど(「まあ♡ラッチマン!♡」のあれ)、こっちは、「ギャ——!!こっち見て!こっちよペペル!!!」と応援うちわを振り回すオタクが量産されちゃう系のカッコ良さである。
 まあまず身のこなしが完璧。1幕後半の初登場シーン、出てきて、片足のつま先をトン!と立ててクロス立ちで止まった瞬間、「あ、好き」。
ありゃ大スター様のお出ましですわ。あまりに眩しい「俺を見ろ」オーラに、瞬時に上から下まで——ターバンの下の傲岸不遜なお顔から、スーツの魅力を最大限に引き出す長いおみ足、その先の一点の曇りもなく光る革靴まで、まじまじと見つめてしまう。
(ザ・男役の所作がこんなに似合うスターになっていたなんて……ああさよなら愛しのバブみ……)
 そして、スタイルの良さはもちろん、無駄な動きが一切ないのが暁千星のすごいところ。身のこなしが違う、面構えも違う、歌い方も違う。ダル湖の世界で、一人だけ「違う」ことがすぐわかる。今から大介先生のショー始まるんか?ってくらい熱いオリエンタルの風が吹くのだ。
 さっきまで「ああラッチマン……」と身を焦がしていた淑女な客席は、ニューフェイスの登場にヅカオタの本分を取り戻しフィーバーする。ラッチマンやクリスナにはない、バガボンドならではのカッコ良さ。もう笑っちゃうくらいカッコイイ。

 いやー暁ペペル、女性たちが「危険な香りはぷんぷんするんだけど、だけど、その手の男に人生で一度も引っかからない女もいないよね!しょうがないじゃん本能が求めちゃうんだもん!」とついつい惹かれてしまう魅力に溢れ過ぎ、説得力があり過ぎ。
 ある程度分別がついた女性でもわかってて誘惑に負けるし、恋に恋する若い女性が出会えばもうたまったもんじゃない。間違いなくハマって火傷する(ううリタちゃん……😢)。

 だけどさあ……逆に火遊びだと割り切れるのなら、これ以上ないくらいイイ男なのも間違いないよね。私も、侍女の羽音みかちゃんと美海そらちゃんに続いて、取り巻きの女Bくらいに入れてもらいたいものである(無理)。
 そういえば、赤坂千秋楽に「お前も、お前も、お前も、お前も……みィいいンな愛してるよォ!!!」って客席投げキッス貰ったな。
 はい、恋。はい、貢ぐ。……ま、即捨てられるけど😭

■風間柚乃×クリスナ

 クリスナは難しい役である。多少の波が起きてもすぐに凪いでしまう深い湖のような、「静」の演技を求められるからだ。それゆえに、彼が何を考え何を表現しようとしているのかを真の意味で理解することはとても難しい。

 風間柚乃という役者は、思えばこれまで月組では常に「動」の演技を求められてきたように思う。それも、人よりずっと速いスピード、ずっと過酷な環境下で。
 彼女の要領の良さ——要領が良いというのはもはや誉め言葉ではないのかもしれない、確かな技術の基盤があり、その上で次々と提示される高い要求に応えていける勘の良さ、食らいついていく貪欲さ——は、絶え間なく「動」のエネルギーを生み出してきた。
 特に、続いた代役公演で見せてくれた胆力には驚かされたし、通っていたいち月組ファンとしてものすごく支えられた。おそらく当時のカンパニーもそうだったに違いない。
 彼女がいると安心する。願いも込めて、長く芝居の月組の背骨となる役者である。

 一方、クリスナという人物は、王の風格、存在感を備えながら、ずっと「ここではないどこか」にいるような心許なさを同時に感じさせる。
 その性格をよく示す場面がある。

チャンドラ「(若干の金を与えて)此処はたしかハイダラバードのラジア、クリスナ・チャンドラ・クマールの領地内であった筈だが……」
僧侶1「クリスナ・チャンドラ様の領土でございます」 
チャンドラ「領主クリスナの評判はどうだ」
僧侶2「よくもあり悪くもありでございます」
チャンドラ「何処にでもある、領主じゃと云うわけだな」
僧侶3 「よい点は、領民達に、それ程に厳しい税金をおかけにならないと云うことでございます」
僧侶4「悪い点は、領民の幸せを考えて政治をやるということに気づかれない……」
チャンドラ「有難う……」

(1997年星組公演プログラムの脚本よりそのまま抜粋。2021年版では僧侶は3人)

 形としては、クリスナはハイダラバードの領主だけれど、実際自身の意向がどれだけ治政に反映されているか。
 おそらくは祖父から引き継いだ、もしくは分配された領土だろう。祖父の影、常にそばで監督する祖母、体裁を重んじる妻、すぐに噂が広がる社交界。あちらこちらから声が飛んできて、常に完璧を求められ、また板挟みになる人生だったことが容易に推測される。
 その中で身に着けた処世術が、表面を湖のように凪いだ状態で保ち、心を閉ざすことだったのではないだろうか。風間クリスナは、「よくも悪くもない」典型的な領主役を淡々と演じることで、自己を守ろうとしていたように思う。

 上手前方席で見たときに、ちょうどラッチマンが階段に座って脅迫するシーンで見事に視界の中でラッチマンとクリスナが被り、まったく階段が見えず、ひたすら目の前のクリスナを眺めていた1、2分があったのだが、あのときのざわざわとした不安感は忘れがたいものがある。
 表情が少しも動かず何を考えているのかわからない。視線の先に入っているはずなのにどうしても焦点が合わない。一族を揺るがすあの取引が行われていたとき、彼は何を思っていたのだろうか。

端正な顔立ちの風間柚乃が見せた底知れぬ静けさ、空洞の闇は、これまでの「動」のイメージを覆した。
 まだまだ引き出しが増えていく彼女がそら恐ろしく、同時に心から楽しみでもある。

■夢奈瑠音×金の男A/パリジャンA

 赤坂の役替わりと言えば、この方も外せない。
 夢奈瑠音というスターの持つ、浮世離れした気品をとても好きだと思った。
 金の男もパリジャンも、一言も台詞はないのに、出てきただけでスターだとわかる。いつの間にそんなしっとりとした、だけどはっきりと輪郭のある色気を纏うようになっていたのか。

 金の男は、彼女の得難い身体バランスの美しさをこれでもかと魅せてくれる。小さな頭、しなやかな身体。あの金色の衣装が下品にならず似合ってしまうのはもはや才能である。
 そして、夢奈金の男は、「金の男」という種類の生き物のようであった。何が言いたいかというと、本来、金の男というのは金の女なんかと同じく、ただの宮廷ダンサーに過ぎないんだけれども、夢奈金の男は「ダンサーが金色の衣装を着て金の男役として踊っている」のではなくて、まるで、「満月の夜、森の奥深くで金色の妖精が密かに踊っているのを、たまたま道に迷った旅人が見てしまい、あまりの美しさに惹かれて連れ帰り、ラジアに献上した」なんていうストーリーを信じたくなるような「人ならざるもの」の雰囲気を漂わせているのだ。一言も喋らないのが逆に相応しい。きっと人間には想像も及ばないような、美しい声をしているんだろう。セイレーンみたいに、聞いたものを狂わせてしまうほど。

 パリジャンの方は、これまた、パリの夜の霧そのものなのか?というくらい場面に溶け合っており、且つさらに霧の深い方へと誘うような妖しい色気を醸し出していた。
 パリのナイトクラブで、詩ちづるちゃんのパリジェンヌとテーブルを挟んで会話をしていた、その並びが本当に美しく(ちづるちゃん、あのブロンドの髪型よく似合う。大人っぽくて素敵)、これが背景となる月組とは……と恐れ慄いたし、二人のストーリーをいつかどこかで見てみたいと思わずにはいられなかった。古き良きフランス映画に出てきそうな二人。
 そして、夢奈パリジャンの歌う♪小雨のパリが、ラッチマンとカマラの間に流れる水を雪へと変化させ、物語の終わりへと誘うんだけれども、もうね、歌が!美しい! 強調して言うが、ただ「歌が上手い」のではない、「美しい」。二幕冒頭で月城ラッチマンが歌うのと同じ曲なのに、全く違う曲として聴かせる。主役が歌うとその心情表現の手段となる曲だが、夢奈パリジャンが歌えば小雨のパリそのもの……静かに舞台に降りしきる柔らかな雨になる。
 アンカレのときも思ったが、夢奈瑠音は雨がよく似合う


層の厚い月組

 役替わりを中心に話したけれども、ダル湖の月組は真ん中が全て収まるところに収まり、且つ何より、収めるための土台がとんでもなく頑丈で安心感のあるカンパニーだった。

 だいたい、千海華蘭や楓ゆき、蓮つかさ、佳城葵ような人材が脇に徹していることがもう月組は恐ろしいし、下級生も、蘭尚樹ラジオンと詩ちづるビーナの弾けるようなかわいらしさ、きよら羽龍の可憐且つ月娘らしい聡明さを感じさせるリタの役作り、彩音星凪と菜々野ありの水の青年と水の少女をはじめとするダンサーたちの「芝居のためのダンス」の巧みさ、と挙げていけばキリがない。

 本当にキリがないので、もうこれ以上は具体的には述べないが、どの台詞もどの歌の歌詞も、初見ですっと心に届くのは、芝居の月組の卓越した長所だと思う。
 この月組のカンパニーで、その長所が最大限発揮されることで物語が完成する珠玉の舞台——名作『ダル・レークの恋』を観れて本当に良かった。


おわりに

 真ん中の並びの完璧さだったり、役替わりのぴったりさだったり、月組の素晴らしさを語っていたら、文字数がとんでもないことになったので、一旦ここで締めたいと思います。
 ここまで読んでくださったお優しい読者の皆さま、心からありがとうございます。

 そして、お気づきかと思いますが、月城ラッチマンと!海乃カマラの話が!ちっっっともできておりません!
 あまりにも言いたいことが多くなりそうで、最後に回していたらこんなことに……

 私の『ダル・レークの恋』は二人の話をするまで終わりません。ということで、冒頭の宣言通り笑、次回へ続きます。

 最後になりましたが、月組『ダル・レークの恋』、大千秋楽おめでとうございました。

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