Deprivation Extend
by みやこりんご
蓮は足を組んでベンチに腰掛けていた。寒空の下カラカラに乾いた地面と空気は今もブラックホールだった。隣に一人の男性が座り、蓮に話しかけた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今日はずいぶんと寒いですね」
「ええ、冷え込んでいます」
二人はなんでもないことかのように会話を続けた。二人ともうつむいて、厚ぼったい服を着ていた。冬だからだ。
「今も掏摸を続けているんですか? 」
「ううん、もうやめた」
「どうして? 」
「あのときのことを思い出すから」
「もう何年も前のことでしょう? 」
「何年も前のことでも、あいつは絶対に覚えている」
「覚えてるわけ無いですよ。きっと忘れています。あの子はそういう子なんです」
蓮は少し黙って、男を横目に見た。
「あんたはやっぱりあいつのことを理解してないよ」
男は反論するでもなく、落ち着いて座っていた。
「あれは忘却しているじゃなくて、理解したうえで、無視しているんだ」
「でもそれが現実に一体どんな違いをもたらすんです? 」
「マクロでは、無い。でも接合の跡を『残す』、彼が。あいつはいつだって自分のために目印を残しておく。忘れないために」
男は顎に手を当ててしばらく黙って考えた。
「でもそれは私にとって好都合かもしれません」
「なぜ? 」
「それは彼に男性性があることを示していて、それはあなたに対する楔となるからです」
「……そうかもね」
男は蓮がたじろがなかったのを見て、少し不快な顔した。そして背中を曲げて、横切る自動車を目で追った。自動車は見えなくなった。電車のように。
「ではまた来ます。さようなら」
蓮は返事をしなかった。男は立ち上がって歩道を歩いた。蓮は男の方を見なかった。蓮は左手に男の携帯を持って、背中に手を回していた。蓮は一人だった。
「掏摸は……私にとっては抵抗もしくは執着、あの子とは正反対。嘘によってしか、私はあの子の真似事ができない。私には無理、誰も自然な進行を止められない。思考をそのままにしておくことはできない。それができるのは勇魚だけ。彼は制御さえできる」
(一人にしないで)
勇魚は目を覚ました。朝日が狭い部屋に薄っすらと差し込んでいた。勇魚はベッドから起き出して、一日を始めた。彼女は空腹だったので、朝食を作って食べ満足した後、鏡の前でお気に入りの洋服を選んで仕度した。リビングに行くと、テーブルの上には色とりどりの菓子があった。彼女はお腹が空いたから、お菓子を食べようかなと思ったが、服が汚れるから後にしよう、と思い直した。そして彼女はテーブルの上のお菓子と請求書をきちんとしまって、家から出ていき、鍵をしっかりと掛けたことを確認してから去った。
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