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似合う服を着る

おしゃれへの興味はいつから?

ごきげんよう、もくれんです。

おしゃれな目覚めは遅かった。遅かったし学生時代は割とダサい格好していた気がする。最早どんな服着てたか思い出せないけど。社会人になっても大しておしゃれではなかったと思う。

そんな私だが、ここ数年おしゃれと言われることが増えた、気がする。単純に30代が多い会社に転職しワーママ世代が買わないような服を着てるからかもしれないが、昔に比べておしゃれの楽しみ方も変わったなと思う。昔はいわゆるオフィカジやモテを意識したタイトスカートなぞを履いていたが、婚活しねーぞ!と決めてからは好きな服を着ることに全振り。原色ばかり着ている。最初は会社でもツッコミを受けていたが、最近は最早自然に受け入れられつつある。直近、ビビッドピンクのマイクロミニで会社に行ったら流石にみんな絶句していたな。コロナの影響もあり、最近ワンピースも全然買ってない。骨格ナチュラルとわかってからはレイヤードを楽しむようになった。

私がオシャレに興味を持ったのは、矢沢あいの影響だと思う。よくスタイル画をいっちょまえに描いていた。ところが矢沢あいのおかげで、最初に手に取ったファッション誌がZipperだったため、だいぶ迷走した記憶である。原宿系のおしゃれから入ろうとした私、かなり無理があったなー。結局Zipper読んだところで、べティーズ・ブルーのお洋服を親にねだるくらいしかできず、キャンディ・ストリッパーもヒステリック・グラマーも一度も買わなかった。ラフォーレに行っても買うのは宇宙雑貨やスイマーばかり。ラフォーレのセールで全く可愛くない服を買ったことを覚えている。

大して可愛いもおしゃれもわからず大人になったけど、最近は私の身体の活かし方がわかってきたように思う。骨格診断、パーソナルカラー診断、顔タイプ診断をした影響も大きい。似合う格好して生きてると気持ちが上がる。意思のあるファッションはやっぱりすごくすごく大切だ。今、髪の毛を意思なく伸ばしているのだけど、やっぱりちょっと不満である。
自己選択は自分らしく生きている証跡なので、服を意思を持って選ぶことは私が私の人生を生きていることを身に纏って表現してることだと思っている。

安くても高くても年齢的にそんなカッコしてる人が少なくとも、私が「ありたい私」でいることは不可侵で他人にどう思われたって構わない。モテから離れたことで、自由になって人生とお洋服が楽しい。もちろん好きな人とのデートのために服を選ぶのも楽しかったし好きだけど、今はデートにきていける服はだいぶ少なくなったかもしれない。トンチキな服を着る私の横に並んでしっくりくる人にであったら絶対一緒にお出かけしようと思う。

今日も私は可愛い。


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