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キャベジンのコマーシャル


テレビがまだ白黒だった昭和40年代頃の出来事だった。
当時キャベジンコーワのコマーシャルが頻繁に流れていた。
これが始まると、わたしはテレビの前で食い入るように見届けていた。
森繁久彌さんだった。
わたしは当時4歳くらいだったと記憶する。
幼な心とはこう言うものなのだろう。
「まだ売れないんだなー」
これを観ると心が痛んだ。
森繁さんが不憫に思えて仕方がなかったのである。

ある日のコマーシャルだった。
確かに
森繁さんの様子があきらかに
いつもと違っていた。
「とうとう切羽詰まったんだな。」
そう わたしは直感した。
心臓がドキドキと高鳴り始めた。

しばらくすると、またコマーシャルは始まった。
これからの展開が、ただならぬ事態だと察知したわたしは、
怖くて泣いていた。
テレビの中の森繁さんは
ついに感極まっていた。
涙を溢しながら
「お願いだから、買ってください。
私がこんなにお願いしても、買わないんでしょう。」
振絞るような声で
懇願していたのである。
いつものコマーシャルより
何倍も長い時間だった。
大変なものを観てしまった!
わたしは心臓の鼓動を鳴らしながら
呆然とテレビの前に立っていた。
周りには誰もいない。

そして、わたしは母を探した。
こころが張り裂けんばかりの思いで言った。
「キャベジン買って!」

母は言った。
「キャベジンは売れてるとよ。お金があるけん、テレビコマーシャル出来るとよ。」
そうなのか…

それから、コマーシャルはいつもと同じになっていた。
森重さんもいつもと同じだった。

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