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「妻」へ。(最終版)

前略 先日から実印の件や医療費受給証の件などで何度も連絡をしてしまいすみませんでした。そして、今こうして手紙を書こうとしていることも許してください。「事務連絡以外は要らない」「手紙は感情だから要らない」と言われたことは重々承知しています。以下、事務連絡は一切ありませんので、ここで読むのを止めてもらっても構いません。ですが、もし読んでもらえたならば嬉しいです。


 私、去年6月、カウンセラーや心療内科から典型的な鬱病と言われ、先月、初めて入院を勧められました。
 心療内科にはふた月に一度、もじゃのところにもそれとほぼ同じくらいのペースで通っているのですが、先月は、カウンセリングの予定を一度延期し、最終的にはキャンセルしてしまいました。また、心療内科も一度予定日を延期してしまいました。そして、その頃の状態を伝えると、上記の通り入院を勧められたという次第です。
「できることなら最低で3か月。無理なら2か月。それも難しいようなら、3週間でも2週間でも構いません。あなたは感受性が豊かな人だから、それだけの期間でもいろいろと気付くことはあるだろうと思います。」
と心療内科医には言われました。
 何かが心配だったのか、普段は2か月に一度の診療だったのに、そのときは「来月また来てください。」と言われ、それで、7月20日には入院を覚悟して再び病院に行きました。
 8月、3週間ほどの入院をスケジューリングして診察に臨んだのですが、今回は、「今はあなたが病棟にいる姿がイメージが出来ない。」と言われ、最終的に入院は保留となりました。何が理由かは分かりませんが、6月に比べれば改善したということかと思います。でも、まぁ、一進一退といった感じかと思っていますが。

 3週間の入院期間中には、*くんやあなたに手紙を書くことを思っていました。あわよくば、*くんが見舞いに来てくれたらいいなとか、漠然と思っていました。あるいは、あなたに会えることも。会って、落ち着いて話が出来ればいいなと考えていました。が、その機会も保留となりました。

 今年3月、**で**氏と飲みました。**の最後の1年、****部で一緒に働き、その長を務めていた彼です。そのとき、
「最後の1年、こじかさん、しんどそうだったよね。」
って言われました。
 確かに、**ラストの1年は本当にボロボロでした。そして、そのボロボロをすべてあなたに引き受けてもらっていたように思います。それは、あなたに愛想を尽かされるのももっともです。あの頃あなたは、私に、「仕事を休んでもいい」「辞めてもいい」と言ってくれました。今思えば、私も、あの頃に心療内科に掛かり、休職、あるいは退職をするべきだったのかなと思います。あなたには過分のストレスを掛けてしまったことと思います。今さらですが心から謝ります。すみませんでした。

 ひとりになってつくづく思うのですが、あなたに毎朝握ってもらっていたおにぎりと、美味しいお昼のお弁当、もちろん晩ごはんに、私はずっと支えられていたと思います。これもまた今さらですが、本当に感謝しています。ありがとうございました。最後、「一緒に食べたくない」なんて言ってしまった私は本当に大馬鹿者です。すみませんでした。許してはもらえないかもしれませんが、それでも、謝らせてください。ごめんなさい。

 以上、7月21日(日)に。

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 22日(月)です。先ほど、実印の件でメール、受け取りました。ありがとうございました。よろしくお願いします。

 実印は、***銀行の印鑑と一緒だったかなと思います。
 銀行と言えば、そちらに置いてきた***銀行の通帳の袋の中に、*くんが幼い頃に描いた幾何学模様の落書きが2枚入っていると思います。私はいつもそれを大事に持ち歩いていました。それを見なくても、鞄のポケットにそれが入っていることはいつも意識していました。ところが、今の私の部屋には、そんな彼のことを思い出させるものは何ひとつありません。あるとするならば、風呂場の石鹸を置く台の吸盤を、あなたが、「*くんのセンスでいいと思う場所に付けて。」と言って彼が付けてくれたもの、それくらいです。だから、私はそれが何度剥がれ落ちても同じ場所に貼り付けています。

 今朝は出勤時にラジオ体操から帰る子どもたちがたくさんいて、切ない気持ちになりました。最後のころはコロナの影響や猛暑のせいで、ラジオ体操もプール開放も本当に限られたけれど、それでも、*くんと一緒に自転車で*****公園に行ったことを思い出します。それから、コロナで休校の間、彼と一緒に山に登ったり、家の前でキャッチボールしたりしたこと。出掛けた先であなたの分もお昼のお弁当を買って帰ったりしたこと。そしてふたりであなたの帰りを待つ気持ち。そんなことも、もう戻らない過去です。
 一昨日から世の中の子どもたちは全国的に夏休みに入ったところが多いようで、ラジオではそんなニュースもやっていました。あちらこちらの観光地からの中継。*くんは中3で部活も引退したことでしょうし、今年の夏はどこか旅行にでも行くのでしょうか? 私はそこに加わることも出来ないのが残念です。

 *くんはどのくらい大きくなりましたか? 中学校は*****中学校ですか? 部活は何に入っていたんだろう? 声変わりはしたのかな? 知りたいことだらけです。
 夏のオープンハイスクールはどこに行くんだろう? ***? ****? **? 勉強はどんな感じなんだろう? 進路の相談にも乗りたいし、勉強も教えたいけれど、それができないのも悔しいです。

 仕事で、ときどき近くの小学校に行きます。放課後、算数の苦手な子が集まって勉強するののお手伝いです。その教室には小4から小6の児童がいるのですが、ちょうど私が別れた*くんくらいの年齢なので、教えながら、*くんの宿題を見ていた頃のこととか、思い出します。私、*くんの本読みを聴くのとか、好きでした。ちゃんと丁寧に読んでくれる*くんが好きでした。読み間違いを指摘しても、アクセントを直しても、*くんはいつもちゃんと読み直してくれました。いい子だなって、いつも思っていました。

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 23日(火)です。
 私、毎日、noteっていうので日記を書いているのですが、今日、そこで、前にあなたが電話でしてくれた「一度丸めてしまった紙はいくら伸ばそうと努力をしても…」って話を目にしました。そうなのでしょうね。

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 24日(水)です。

 実家の話を少し書かせてください。

 父親の命日は今月11日で、14日(日)にはお坊さんを呼んで、一周忌と初盆の法要を済ませました。叔父さんたちも来てくれたのですが、それぞれずいぶん高齢になり、いつまでこうして集まれるか分かりません。
 一年前のことですが、父の戒名は******となりました。お坊さんと相談して決めたのですが、良い戒名になったと思っています。
 亡くなったときは、湯灌(ゆかん)といって「あの世で生まれ直すための産湯」に入れてもらい、母と私が戒名を付け、そして骨を焼いた後はまだ熱の残る骨壺を胸に抱えてクルマに乗り、なんだか不思議な気持ちでした。
 **寺のお墓は、あなたに印鑑を捺してもらったお蔭で、無事、私の名義に変更することが出来、納骨も済ませることが出来ました。あなたは、もう**寺のお墓に私と一緒に入る気持ちは無いですよね。離婚に向けての相談を始めないといけませんね。

 以前、ショートメールで送ってしまいましたが、母は、年末に右手首を骨折し、この7月には黄斑上膜と白内障の手術をし、それぞれ入院治療しました。でも、元気です。

 **のお義母さんはお元気でしょうか? いつも気にしています。

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 25日(木)です。今週は**で出勤しています。
 昨日は午後から休みを取って帰ったのですが、昼頃、**辺りを走りながら、
(今、**に行ったら、家には*くんしかいないかもしれない…。)
なんて考えると、それもまた胸が詰まるような思いでした。**辺りの数百mは、12年間、**時代に往復通った道なので、毎日そこを走るときは少し複雑な気分になります。

 今日も、実家の話を少し書かせてください。

 実家は今は母だけとなり、私も、以前よりはちょくちょく顔を出すように心掛けています。しかし、*****を通るのは気分的につらいので、いつも、**・***の北側を通り、**病院の下を回って、*****のところで駅の方に曲がる道を走ります。
 実家では、ときどき母が*くんの話をします。
「うちに泊まっても全然泣かないし、『寝るわよ』って言ったらちゃんとすぐに寝るし、ホントいい子だったわ。」
とか、
「もうだいぶ大きくなったかなぁ? 元気でいるかなぁ? でも、便りの無いのが良い報せよね。」
とか。
 それから、うちの父親が綴じていた5冊ほどのアルバムも見せてもらいました。これは、正直、ちょっと涙無しでは見られない気分でした。

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 前に保険証の件で**くんに手紙を書いたときには、ちゃんと**くんや**さんの父親になれなかったことを詫びました。本当に情けない限りです。これも、**を出てからの大きな悔いのひとつです。心底悔やまれることです。
 それから、いつも*くんにばかり手紙やプレゼントを送っているけれど、あなたたちの誕生日も決して忘れてはいないということも伝えました。もちろん、あなたの誕生日も覚えています。いつも、「今頃はみんなでハッピーバースデーを歌って、ケーキのロウソクを吹き消してる頃かなぁ」とか思っています。

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 この手紙、送ろうか送るまいか、ずっと思い悩んでいます。思い悩みながら書いています。書いたり消したりを繰り返しています。
 でも、実はこれまでも何度も書き始めていたものなので、今は送りたい気持ちでいます。
 とは言え、わざわざ書いてみたところで一体何が言えたのか、何を伝えたかったのか、自分でもよく分からないような気持ちでいるのも事実です…。


 ここまで読んでくださったなら、ありがとうございます。感謝します。
 もし不快な気持ちにさせたなら、どうか許してください。すみませんでした。

午後、投函しました。

が、ふと思うと…。
先週、息子の乳幼児・子ども医療費受給証のコピーを送ってくれと「妻」に「葉書」を送ったんだけど、そう言えばまだ送られてこない。「メールでもいいよ。」って書いたんだけどな。〆切は今月末なんだけどな。

ひょっとすると、「妻」は葉書を読んでいないのかも? いや、宛名の下に文面があるんだから目に入るはずなんだけど。でも、読んでないのかもしれない。
そしたら、こんな「手紙」、読むはずないよな…。