『25時』第2話 それはまるで火にいる虫の様で


日付が変わる

今日が明日になる

また家を出た

朝起きて歯を磨くように
家に帰れば風呂に入るように

夜になると町を出歩いた

夜を歩く

言葉ほどに不自然なモノではなかった

テレビを見たり
本を読んだり
お酒を飲んだり

みんなが日頃の疲れを癒し
憂さを晴らす為にすることが

自分にとっては
夜の町を歩くことである
というだけのことだ

夜の町が好きだった

間隔を正して足元を照らす街灯
そこかしこに散らばる闇
窓から漏れる明かり

その全てが心地よかった

余りに忙しく騒がしい昼間からは
想像もできない顔を
夜の町は僕に見せてくれた

大切に育てられ
親の言いつけを守り
真っ当に生きてきた自分にとって

お天道様に照らされた昼の世界を
生きてきた自分にとって

それはまったく新しい世界に感じられた

とてもいい時間だった

闇から闇へ通り過ぎて行く星のように速く
また流れる雲のようにのんびりと
過ぎて行くその時間は

昼間のうちに擦り切れた心を
優しく包み込んでくれた

今日も満たされた気持ちで帰路に着く

明日を乗り越える勇気が湧いていた

家に続くその太い一本の路地は
人も車もほとんど通ることはない

いつもと同じ落ち着いた景色だった

違和感

同じであるはずの景色の中で
何かが確かにいつもと違っていた

音だ

それはどうやら
すぐ角を曲がった先の
公園から流れてきているようだった

違和感の原因が音であることに
気づいた時には既に
公園に向けて足を運んでいた

滑り台、シーソー、ブランコ
ありふれた遊具が並ぶ

音の出所は滑り台の踊り場であるらしい

公園に入ってやっと
音の正体が口笛であることに気づく

心地よい音色が辺りを包んだ

無意識の内に足を進めていた

踊り場に座りこむあれが
何者なのか、男性なのか、女性なのか

気にする余裕は
その時の自分にはなかった

ちょうど夏の夜、火に入る虫が
炎の熱さに気づかないように
炎の輝きに魅入られているように

ただ、その音色に聴き入っていた

雲の切れ間から顔を出した月が
彼女の横顔を静かに照らす

辺りは薄暗かったが
微かに美しい横顔が見て取れた

彼女と一緒に現れるのは少し申し訳ないよ

と言わんばかりに

滑り台の横の置き時計にも光が差す

少し針を広げて

ちょうど25時を報せているようだった


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