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《ネタバレ》『SIGNALIS』クリア後感想─目標と自己の喪失─

 さて、このたびようやく『SIGNALIS』のクリアまで漕ぎつけた。おおよそ9時間弱のクリアで、『約束』エンドを迎えた(はず)。間違ってリザルト画面を飛ばしてしまったのであまり覚えていないが、攻略サイトの分岐条件などを見るにおそらく間違いない。個人的には好みなタイプのオチだった。終わりが近いなら、大切な人の隣にいたほうが後悔は少ないというものだろう。

 このゲームは相当難しかった。難易度がという話ではなく(まあまあ苦戦したが)、展開・演出・シナリオという側面において難解だったのである。全体的に幻のようにとりとめのない構造で、話の筋をつかもうにも手をすり抜けてしまうような曖昧さがある。だからこそこうして筆をとっては考察めいた駄文をひねり出すことになるのだが。

与えられる“目標”

 大抵のゲームでは、最初にわかりやすい大目標が提示される。マリオならピーチ姫を助けることになるし、ドラゴンクエストなら魔王を倒しにいくことになる。

 この大目標を達成するために小目標(おつかいともいう)を積み重ねていくのが基本設計なのだが、この大目標というのは“given(与えられたもの)”である。別にゲームなのだから魔王を倒さなくとも私の生活が脅かされることはないし、ピーチ姫がクッパに囚われていたとて問題はない。私たちにゲームの世界を平和にする義務はないのだから。

 この目標があくまで“given”な理由は、主人公はプレイヤーの分身だがプレイヤーが主人公ではない、というところに尽きると思う。循環論法のように聞こえるかもしれないが、PC(プレイヤーキャラクター)は「プレイヤーが操作できるキャラクター」ではあるものの、「プレイヤー自身が生み出した存在」ではない。「あなたはこのキャラクターを動かしてください」と与えられるもので、このとき同時にゲームにおける目標も提示されることになる。『SIGNALIS』においてはエルスターがPCを務め、(当初の)目標は「アリーナを探す」ことだ。

 逆にgivenな目標が存在しないゲームの代表格といえば『Minecraft』などがあてはまるだろう。(エンダードラゴンなど一応の区切りとなるコンテンツは存在するにせよ)倒さなくとも損をすることはないし、ひたすらプレイ時間を採掘と建築に費やしてもかまわない。

 「この目標はgivenなものだ」と感じることが原因でプレイヤーはPCに感情移入がしにくかったり、あるいはシナリオに疎外感を感じることがある。そうした現象を阻止するためには、動機づけ(本作ならプロローグでエルスターとアリーナのイチャイチャを流してみるとか)が重要になってくる。プレイヤーの「やらねばならない」という気持ちに火をつけることができれば、ゲーム側の勝利ということだ。

 たとえば『The Last of Us』ではプロローグにおいて主人公ジョエルと愛娘サラの家族仲が描かれ、その後に娘を喪うシーンが入る。そして現在に時は移り、かつての娘と同じ年頃であるエリーにジョエルが抱く心情がプレイヤーにも伝染するのである。

 この「givenな目標(筆者命名)」を最大限逆手にとったのが本作だと思う。プレイヤーはいきなりエルスターが起動する瞬間に立ち会い、写真を手に入れることで「OK、この子を探すのね」と直感的に理解する。「エルスターとアリーナは恋人か家族か、とにかく再会を望んでいるのだろう」と前日譚を補完するように頭が作用する。しかしここがトラップで、プレイヤーがみずから設定した小目標(この鍵を持っていって扉を開けよう、ぐらいの規模感)をこなしているうちに、本作の大目標は変貌する。いつしかアリアーネ・ヤンが囚われのお姫様の席に腰を下ろし、エルスターとプレイヤーのどちらもアリーナのことは忘却する。アリーナとアリアーネ、響きを似せてあるのは偶然ではないだろう。

 チャプター3で拾えるアリーナの写真の隣にはEDのエルスターよろしく右目を負傷した兵士が写っているが、おそらくエルスターの原型になったゲシュタルトではないかと思う。この写真のアリーナに親近感を覚えたアリアーネが従軍し、そしてペンローズ計画でエルスターと出会う。なんだかロマンチックなような気もするが、あまりにも薄暗すぎる。

くりかえす恐怖

 このゲームの恐怖の肝要はなんだろうか。もちろん随所に散りばめられたコズミック・ホラー的要素やクリーチャーのデザインもすばらしい物だが、「説明なしにループが発生する」ことではないかと思う。

 起きて、勉学や労働に励み、食事をして眠る、という私たちの日常も繰り返されるものだと思うかもしれないが、そこには多少なりとも「ループを変化させる余地」がある。毎日天気は変わるし、昼食に何を食べるか選ぶことができる。

 ところが本作ではチャプター2の終盤で唐突に仮EDが流れてメニューに戻され、ふたたびゲームを開始すれば何食わぬ顔で再開される。2度目のペンローズ、2度目のシェルピンスキーを経てチャプター3に至るが、この行程が繰り返された理由は一切説明されない。ただ初回より崩壊(肉の侵食というべきか)が進行しており、ただならぬ雰囲気がプレイヤーを摩耗させる。ペンローズ②にいた装甲エルスターもED後に停止したエルスターという可能性があり、作品全体のループを匂わせる手がかりとなる。

 シェルピンスキー、マンデルブロートという固有名詞は数学者からとられたもので、ともにフラクタル図形に縁が深い。シェルピンスキーの三角形やマンデルブロ集合で検索してもらえればわかるが、これも一種の再帰(ループ)だ。

 『Cyberpunk2077』のあるEDでは、主人公を操作してリハビリに励むことになる。カウンセリングを受けたり、ランニングマシンで走ったり、ルービックキューブを解いたりする。その翌日もリハビリをして、さらにその翌日もリハビリをする。もちろんプレイヤーが操作しなければならない。一向に回復の兆しは見えず、奇妙にフィルターがかけられた画面越しの主人公は同じ行動を取りつづけ、最後には未完成のルービックキューブを投げ捨てる。この瞬間、V(主人公)の不安と苛立ち、プレイヤーの不安と苛立ちは完璧にリンクする。

 筆者はこのとき「出口のないループに幽閉されること」の恐ろしさを感じた。他のEDでは生き様を選べるのに対して、こちらでは死ぬまでループを体験することになるのだ。皮肉にも『悪魔』と名付けられたEDで、魂を売り渡したプレイヤーとVは無間地獄を味わうことになる。

自己の喪失

 『SIGNALIS』におけるレプリカ(アンドロイド)の精神はゲシュタルト(生身の人間)の精神を元にしていることが作中でも言及されるが、概要書などを見るにゲシュタルト時代のことを思い出させるのは禁止(もしくは非推奨)らしい。おそらく労働効率が低下するのと、同じ人格を持つレプリカが複数存在することの問題を避けるためだろう。

 ではレプリカに自我が発生してしまったとき、それはレプリカ自身のものか、はたまた元となったゲシュタルトのものか?レプリカの精神は無から構築された人工物でなく、原型となった人物が存在するコピー品である。この問いに答えはないだろうし、おそらく人の数だけ答えがあるだろう。

 だがアリアーネと特別な関係に至ったエルスター-512の場合、そこにはエルスターの原型とアリーナの影を感じる。アリアーネとアリーナは瓜二つだし、前述の通りアリアーネはアリーナの写真を見て従軍を望んだ。似ていたからこそ本能的に惹かれたというのはあっただろう。(もっとも、エルスターがアリアーネを安楽死させられるだけ非情になれなかったのが悲劇の引き金なのだが)

 当初「アリーナ・ソウの写真」をキーアイテムとして人探しをしていたプレイヤーは、ペンローズ②のあたりで違和感を抱く。「アリアーネ・ヤンなんて人がいただろうか?」と。さらにそのアリアーネを探すよう目標がすり変わっていることで恐怖は深まる。なんのことはない、元からエルスターが探すべきはアリアーネのほうであり、アリーナのほうはゲシュタルトのノイズともいえるのだが、ともかくこの「主人公の唯一の動機づけが勝手に書き換わっている」現象にプレイヤーは恐れをなす。ただでさえ謎の多いエルスターという人物から明示された「アリーナを探している」という部分が剥がされることで、プレイヤーとエルスターはまた「知らない人」にされてしまうのである。

 また、ラスボスとして立ちはだかるファルケユニットもエルスターの記憶に侵食されていたことを記しておくべきだろう。ファルケも同時にアリアーネの恋人であるという記憶を保持しており、恋の鞘当てラストバトルを挑んでくる。他の生体共鳴機能を持ったコリブリユニットなどもアリアーネらしき存在に言及しているので、エルスターを狙い撃ちしたというよりレプリカに片っ端から「約束を思い出して」もらっていたらしい。

メビウスの輪から抜け出せなくて

 『SIGNALIS』にはさまざまな惑星や国家の名前が固有名詞として登場するが、それらがシナリオに食い込んでくることはほとんどない。基本的には「エルスターがアリアーネを探す話」で、どのEDも基本的にはペンローズの船内にたどり着く。それはどこまでも閉じた物語で、彼女ら2人以外が介在する余地はない。贅沢な世界観を作っておいてもったいない、という気持ちもあるにはあるが、それよりも不気味なまでにブレず一途に進んでいくエルスターの姿に心を打たれたのもまた事実だ。本作は紛れもないサバイバルホラーゲームだが、また純粋な愛の作品でもある。

ペンローズの三角形の面を追いかけていくと、4重のメビウスの帯になっていることがわかる。
ペンローズの三角形 - Wikipedia

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