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大学デビュー【#青ブラ文学部】

 私が晴れて大学生になったその日、或るサークルを訪ねていた。そのサークルは「ザ・座禅」という渋めのサークルで、部員は、週に2・3回部室に顔を出し、一緒に座禅をしながら瞑想をするのだ。このサークルには、あの有名な禅宗の南海和尚が講師として時々やってくる。その南海和尚は、不思議な力の持ち主で、困っている人の相談に乗り特別な力を使ってその人の問題を解決してくれるという。
 そう、私は、座禅になんて興味はなかった。だが、どうしてもこの南海和尚に会って、私の人生の風向きをなんとかして欲しかったのだ。
 なぜなら、これまでの人生で「幸せの欠片」にも出会ったことがなかったから。辛い幼少期を経て、小・中・高とまるで影のように暮らしてきた。皆、私が見えないかのように振る舞っていた。自分の居場所を探すのに必死だった。でも、見付からなかった。
 そういう境遇もあってか、私は誰よりも勉強に打ち込んだ。努力のかいあって、難関志望大学に見事に合格した。そして私は華やかに「大学デビュー」を飾ろうと決意したのだ。そのためには、南海和尚の特別な力をお借りするより他はなかった。

 そのチャンスは突然にやってきた。新入生の歓迎会の日、南海和尚に一人数分ずつお目見えするチャンスが出来たのだ。
「南海和尚さま、私の境遇を聞いて下さい。こんなにも過酷な生い立ちだったのです。是非、南海和尚さまの不思議なお力で私の人生の風向きを変えて欲しいのです」
「そうか。じゃがなあ、君がどのくらいの覚悟が出来ているのか試したいんじゃよ。君は、仏門に入る人と同じ覚悟はできるか?」
「同じ覚悟ですか?」
「そうじゃ!つまり、頭を丸めることはできるかね?」
「えっ?坊主にしろというのでしょうか?」
「そうじゃ」
 私は言葉を失ってしまった。これまでの人生と、これから坊主になる人生を天秤に掛けた。
「剃るべきか、剃らざるべきか。それが問題だ」
私はつぶやいた。