術後のガスが【青ブラ文学部企画参加作品】

 静寂を破る放屁ほうひの音が部屋中に響きわたった。その瞬間、彼は私にプロポーズをした。
「無事でよかった。もう隠し事は何一つないから結婚しよう」

 ちょうど二日前、私は、我慢できないほどの強い腹痛で救急を訪ね、そのまま入院となった。医者の見立てでは、「イレウス」という「腸閉塞症」を発症しているため、お腹の張り以外にも、強い腹痛や吐き気がするのだという。分かりやすく言うならば、お腹に入った物が出てこない症状で、便だけでなくガスまでも出なくなってしまうのだ。
医師は、表情を変えずにこう言った。
「あまりに激しい痛みの場合には、腸の血流が悪くなり腸が腐ってしまっていたり、胃や腸が破れて腸液や便がお腹に広がった腹膜炎になっていたりすることがありとても危険です。緊急手術が必要となります。どうしますか?」
 私が困惑した表情を浮かべていると、夜間の救急にはたくさんの患者が訪ねていて次の患者が気になるのか医師は早く決断をして欲しそうに彼に言った。
「御主人、どうします?」
 彼は、手術のことよりも突然に「御主人」と呼ばれて困惑している様子だった。その困惑ぶりを目の当たりにした私まで動揺していたが、ここは冷静に判断をするところであるから、即答した。
「先生、手術をお願いします」
「分かりました。ではできる限り早いほうがいいでしょうから、これから手術の説明をします」
 そう言うとその医師の代わりに、担当医と麻酔科医が入って来て丁寧に説明をしてくれた。彼は、今更、「御主人」ではないと言うのが面倒になったらしく、夫としての対応を続けていた。
 日頃、私は彼に弱音を吐かないようにしてきたのだが、今日はどうしても自分の不安を沈めることができずに彼の前で涙ぐんだ。じっくりと私の話を聞いて不安を取り除こうとしているのが伝わってきた。彼が付き添ってくれてどんなに心強かっただろう。
 ひと通り手術の説明を受けた私は、新たな心配事が発生した。術後の回復には「放屁」が必要なのだという。私は、さりげなく術後は大丈夫だから、自宅へ戻って手術の無事を願って欲しいと伝えていた。でも、麻酔で意識をなくした私は、彼が自宅に戻ったか、病院で付き添っているのか確かめる術はなかった。

 手術が済んだ後、まだ麻酔でもうろうとしている中、私は思わず「放屁」をしてしまったのだが、その直後に、プロポーズを受けることとなった。
人生とはそんなものなのかもしれない・・・・・・。

できるだけシリアスに書いてみましたよ(^^)/