見出し画像

男の「会いたい」は行動、女の「会いたい」は気分

「そらまあな。ほんまに逢われへん時に言われたら、俺にどないせえっちゅうねん、思たりもするけどな」(中略)
「けどまあ、その〈逢いたい〉 が〈今すぐ来い〉てな意味ではない、いうことくらい、俺にもわかるしな。そうかそうか、ふんふん、言うて流しといたらええねやろなあと」

村山由佳『はつ恋』

『はつ恋』の主人公ハナとトキヲは40を過ぎて再会した幼なじみで、遠距離恋愛中。このトキヲの台詞に、そうか、男の人にとって、「会いたい」は「今会いたい」の意味になるのか・・・なるほど、すぐに会えない状態で「会いたい」とはいえないし、会える状態になったらもう、「明日早く帰れそうだけどどう?」になるわけだ、とこれまでのいろんなことが腑に落ちた。もっと早く知っていれば! と思ったのはいうまでもない。

ハナの方は、

逢いたい、というのはあくまでもその瞬間の気持ちの色合いなのであって、言われたほうも適当に応じておいてくれれば丸く収まる。それなのに、まるで自分が責められたかのようにむきになって、〈そんなこと言われたって仕事なんだからしょうがないだろう〉(中略)などと真面目に返されたら、むしろこちらが困る。そこを間違える男が世の中にはたくさんいる。

(同書)

となかなか手厳しい。まあ、間違えるといっても元はといえば、男と女が同じ言葉を違う意味で使っていることを知らないからだし、それを言うなら、間違える女もたくさんいる。女の場合、相手が「会いたい」と言わないことを自分に会いたいと思ってない、と解釈して不安になり、重症の場合は自爆する。いわゆる「女子力」が高い男など、女と同じ感じで「会いたい」の類を簡単に口にするので、そういう男の後にそうでない男と付き合うと危険である。

男が「会いたい」と言わないのは、会いたくないからではなくて、会える状況でないからだ。「会いたい」をスルーしたり、反論したりしてくるのは、すぐに会えないことを責められている気がするからだ。女はたとえ会えない状況でも、「会いたい」と言われるとうれしいし、会えないからこそせめてそう言われたい、と思ったりするのだが。納得できなくても、そのことがわかればだいぶ楽になる。とにかく双方、男の「会いたい」を「今すぐ会いたい」、女の「会いたい」を「会いたい気分」と心の中で言い換えた方が良さそうだ。

そんなことを考えると、恋愛の悩みについて女同士でしゃべっても意味がないような気がしてきた。その中に男心のプロのような人がいれば話は別だし、ある程度の年になれば、皆多少なりとも男心に通じてくるので、男女の違いを説く人も出てくるだろうが、若いうちは・・。そう、若い頃は、男と女の言葉がここまで違うとは思わなかった。

ハナとトキヲは、年齢もさることながら、双方婚歴ありということで、そういう言葉の行き違いでぎくしゃくするようなことはない。そもそもこの小説は、編集者に「パートナーとのしあわせな感じ」を書いてほしい、と言われてうまれたものだという。二人の間の、あるいはそれぞれの家族を巡る出来事が、ハナの暮らす房総の四季を背景に淡々と綴られている。しかしそんな二人にして、「俺にどないせえっちゅうねん」なのである。(2020.7→2024改)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?