好きな仕事にこだわらない

以前先生がおっしゃっていましたよね、「あなたが好きな曲ではなく、曲のほうであなたを好きになってくれるような曲を演奏しなさい」と。シューマンは私を好きになってくれるでしょうか。それが問題です。 

リパッティからムシチェスクへの手紙(畠山陸雄『ディヌ・リパッティ 伝説の天才ピアニスト―夭折の生涯と音楽 』所収)

ディヌ・リパッティ。1950年に33歳で夭折したルーマニア生まれのピアニスト。骨太で気品のある演奏で大いに嘱望されていたが、不治の病にとりつかれた。余命いくばくもないことを知りながら、注射を打って臨んだ(それでも最後の一曲は演奏できなかった)、「告別リサイタル」の素晴らしさが伝えられている。病弱で学校に行けず、家庭教師から教育を受け、ピアノはミハイル・ジョラとフロリカ・ムシチェスクから学んだ。二人は彼にとって生涯の師であったという。

このような一流のピアニストにして「曲のほうであなたを好きになってくれる曲を」と言われるのである。われわれ凡人が社会での役割を考える際、「好き」という尺度にこだわるのは危険であろう。ムシチェスクの言を借りれば、好きな仕事ではなく仕事の方が寄ってくるような仕事をしなさい、ということになる。「好き」は他のところで存分に。 (2017.5)

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