道路の最高速度引き下げの可能性

日本では2009年に規制速度の決定手法が変更され、多くの道路では以前より最高速度が引き上げられた。諸外国でも2010年代前半まではこの傾向であったが、後半に入ると一転して引き下げを行う事例が増えてきた。
具体例としては、フランスにおける一般道路の最高速度80km/hへの引き下げ、韓国における市街地の原則一律50km/hへの引き下げが挙げられる。
ここでは、諸外国における引き下げ事例ならびに日本での実施可能性について、個人的に考えたことを記していく。

1. 具体的事例

2018年
・一般道路(非都市部)の最高速度を90km/h→80km/hに引き下げ(フランス)
2020年
・6時~19時に限り、高速道路の最高速度を130km/h→100km/hに引き下げ(オランダ)
2021年
・都市部の最高速度を原則50km/hに(生活道路やスクールゾーンでは30km/h)に一律引き下げ(韓国)
・パリ市内の最高速度を一部の大通りを除き全域30km/hに引き下げ(フランス)

このように、欧州を中心として最高速度を引き下げる事例が近年増えている。
対して、日本では「ゾーン30」による区域内一律規制の導入や、重大事故発生によるものを除けば、このような動きは特に見られない。
なぜだろうか。
これについて、歴史的経緯から紐解いていきたい。

2. 経緯

欧州と日本では全国的な制限速度指定の流れが全く異なっている。
第二次世界大戦前の自動車交通黎明期において、欧州の多くの国は速度無制限だったが、事故の増加を受けてまず市街地で速度規制がなされるようになった。その後、徐々に広い範囲に速度規制が導入されるようになった。
最終的には、オイルショックを受けて速度規制が一気に強化され、フランスやスイスなど非都市部などを中心に無制限を維持してきた国にも導入された。それ以降は燃料事情の改善や交通事故件数の減少などを受けて次第に緩和されるか、道路の特性に合わせた柔軟な規制に変わっているが、無制限に戻ったケースはほとんどない。

対して日本では、黎明期から路線毎に比較的低めの最高速度が指定されていた。60年代前半から半ばにかけて一部路線では規制緩和が行われたが、70年代頃に交通事故死者数増加と環境対策から一気に引き下げられた経緯がある。
この際には、それまで最高速度80km/hだった道路が同60km/hに、同60km/hだった道路が同40km/hというように、大幅に引き下げられた事例も多かった(阪神高速3号神戸線、環七通り等)。
その後、事故件数の減少もあり、交通の実態と合わせる形で規制基準が見直され、次第に緩和されつつある。

70年代頃のトレンドにおいて両者で決定的に異なるのは、欧州が市街地でも幹線道路の場合や非市街地では速めの速度指定をしたのに対し、日本では都市高速道路も含め幹線道路でも一律に最高速度を遅くした点である。
この当時の規制は現在でも残っている箇所がみられる(国道43号など)。

ちなみに東京都内においては、
・70年代に都内全域で一律40km/hに引き下げ(一部道路を除く)
・80年代に50km/hに引き上げ
・90年代に多車線、中央分離など条件を満たした道路で法定速度(60km/h)に引き上げ
このように、順次引き上げられている(一次資料がないため、当時の走行動画や写真から推定した)。
その後も2010年代半ばに一部の各路線で引き上げられた。

これが2015年頃までのトレンドで、世界的にもオイルショック時代の規制を緩和する傾向だった。

2010年代後半に入ると、これまでと一転して「引き下げ」の圧力が強まった。理由は環境対策や交通事故死者数の増加、交通弱者の保護等である。
こうした圧力と要請を受け、欧州では都市部を中心に最高速度を引き下げる事例が現れた。パリでは段階的に50km/h→30km/hに引き下げられ、2021年に入ると原則30km/hとなった。
また、パリ以外のフランス全土でも2018年に一般道路の最高速度が90km/h→80km/hに引き下げられている。

この傾向は欧州に限らない。
韓国では、2018年に釜山で、翌2019年にはソウルのそれぞれ一部で最高速度が50km/hに引き下げられ、その中には主要幹線道路も含まれていた。
この規制は2021年に全国の都市部に拡大され、施行された。

将来的にも、オランダの首都アムステルダムにおいて、市街地での最高速度を順次50km/hから30km/hに引き下げ、2023年には現在50km/hが維持されている内ほぼ半分の路線で30km/hに引き下げる方針を示している。

一方で、引き下げトレンドの中でも引き上げテストが行われた事例があった。
2018年、オーストリアの高速道路において、日本の新東名のケースのように一部区間のみではあるが、最高速度を130km/hから140km/hに引き上げる試行が行われた。
しかし2020年3月の試行終了後、130km/hに戻されている。

概ねまとめると以下の通りである。
欧州:無制限(~70年代前半)→規制強化(30~70年代半ば)→規制緩和(70年代後半~10年代前半)→規制強化(10年代後半)

日本:規制強化(60年代後半~70年代)→規制緩和(90年代~現在)

3. 日本での引き下げの可能性

それぞれの例を見ると、ドラスティックな制限速度引き下げが可能になったのは速度規制の権限主体のほか、地方自治体(首長)の推進が大きく寄与しているケースが多い。
欧州は特にそうである。なぜなら、市長が市内の制限速度を決定する権限を持っているケースが多いためである。

一方、日本の場合は制限速度を決定する権限は各都道府県警察にある(その元となる、規制速度の方針を定めるのは警察庁である)。
そのため、制限速度を変更するには多くのプロセスを必要とする。
この仕組みは韓国も概ね同様であるが、政府で検討会を開いた後正式実施まで5年を要している程である。

日本でも同様に引き下げられるのだろうか。

個人的な見解では、「今後10~20年で引き下げられる可能性はある」と思う。
なぜならば、東京など一部地域では交通事故死者数が増加に転じたこと、交通量減少に対応する必要があること、死者数と事故件数はゼロが最善であること等が挙げられる。
ほかには、電動キックボードなど新たなモビリティの出現も変数である。

ただ、世論もさることながら政府の方針が環境規制や交通安全に比較的前向きではない(対して欧州は環境政党が連立与党を組むなど、影響力が大きい)ことから、現状のまま維持される可能性も高いように思われる。

今後さらに世界的な引き下げトレンドが強まり、SDGsの取り組みなどによって意識が向上していけば、意識が次第に「車のための道路」から「みんなのための道路」へと変化し、都市部での最高速度引き下げの検討が現実味を帯びる可能性も十分考えられる。
その時期として推測されるのが、今後10年程度である。

現状では車やバイクの歩行者妨害の取り締まりならびに歩行者/自転車の取り締まりを並行して行っているが、遵守率が上がってきたら、その次は制限速度引き下げに入ると推測する。
なぜならば、欧州などでは既に横断歩道停止の遵守率が高く、すでに「次のステップ」に進んでいるものと推測されるためである。
日本も横断歩道に歩行者がいる/渡ろうとする人がいる場合は止まるようになれば、「次のステップ」へ進むものと思われる。

4. 結論

全体的な最高速度引き下げが数年以内に実施される可能性はほぼないが、10年~20年先に入ると自動運転車の普及やモビリティの多様化等もあり、実施される可能性は十分あると推測される。

5. 出典



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