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街角クラブ〜ミナスサウンド⑨/21世紀の街角クラブ その2

ミナス・ジェライス連邦大学出身のミュージシャンたち

ミストゥラーダ・オルケストラに限らず、ミナス・ジェライス連邦大学の音楽学科出身のミュージシャンの横の繋がりは強く、かつての街角クラブのような集団が形成されている。
ハファエル・マルチ二やアントニオ・ロウレイロ、レオノーラ・ヴァイスマン以外にもクリストフ・シウヴァ、アレシャンドリ・アンドレスらも輩出している。
彼らはかつての街角クラブの影響はあるものの、より開かれた音楽性を持ち現代の欧米のジャズやインディペンデントなポップ/ロック、R&B、エレクトロニカなど同時代の音楽も内包している。それだけでなく、隣国アルゼンチンのネオフォルクローレのミュージシャンとの関わりも大きくより幅の広い交友を持っているので、日々その輪は広がっている。ブラジルらしさを感じさせるものもあれば、その範疇に収まらない作品も多い。
今回はアレシャンドリ・アンドレスとクリストフ・シウヴァを中心に、リオ出身ながらも彼らと共演しているジョアナ・ケイロスなど、関わりの深いミュージシャンを辿っていきたい。

Alexandre Andres アレシャンドリ・アンドレス

・Agualuz(2009)

・Macaxeira Fields(2013)

・Olhe bem as montanhas(2014)

・Macieiras(2017)

ハファエル・マルチ二やアントニオ・ロウレイロと同じくらいクオリティの高い作品をリリースしているのが、アレシャンドリ・アンドレス。2019年現在まだ二十代というのが信じられないほど、レベルの高い作品を立て続けにリリースしている。
ウアクチのメンバーであるアウトゥール・アンドレスを父に持ち、ウアクチのツアーにも帯同していたことから、十代の内からプロフェッショナルな現場に触れていたのも大きな影響をもたらしていたのかもしれない。
特に注目を集めることになった「Macaxeira fields」は弱冠22歳とは思えない深みのある音楽性に驚かされる。(ロウレイロもファーストの時点で23歳だった。)このアルバムではアンドレ・メマーリがピアノとディレクションとして全面的にバックアップし、ハファエル・マルチニ、アントニオ・ロウレイロ、ジョアナ・ケイロス、トリゴ・サンタナ、父親アウトゥールを含むウアクチのメンバーらも加わっている。ゲストも多彩でタチアナ・パーハ、モニカ・サウマーゾ、イレッシ、レオノーラ・ヴァイスマン、アカセカトリオのファン・キンテーロらがボーカルをとっている。
アルバムの中でも特に素晴らしいのがモニカ・サウマーゾがボーカルをとる「Menino」。ウアクチの奏でる自作楽器の幻想的なイントロから、モニカの深みのある声はサビ部分に向かってゆったりと盛り上げていく。ビートルズの曲名を文字ったタイトル曲の「Macaxeira fields」は、イントロでハファエル・マルチ二によるアコーディオンでBlack Birdのギター部分を引用している。アンドレスのボーカルによる「Ala pétalo」は祝祭感のある曲調が高揚感をもたらす名曲。
ファーストアルバムの「Agualuz」とサードアルバム「Olhe bem as montanhas」については、「Macaxeira fields」と比較すると作品のクオリティは高いものの小粒感は否めない。「Macieiras」についてはインストアルバムとなっている。まずは「Macaxeira fields」を聴くことをお勧めする。

Kristoff Silva クリストフ・シウヴァ

・Em pé no porto(2007)

・Deriva(2017)

クリストフ・シウヴァは1972年生まれという事で、ハファエル(1981年生まれ)、ロウレイロ(1986年生まれ)、アレシャンドリ(1990年生まれ)らの先輩格にあたる世代である(ジョアナは1981年生まれでメマーリは1977年生まれ)。
ファーストアルバム「Em pé no porto」はフォークトロニカや、アルゼンチン音響派と言われたファナ・モリーナや、アレハンドロ・フラノフ、モノ・フォンタナにも通じる抽象的なエレクトロニックな音を散りばめた内省的な内容。かなり込み入った編集とアレンジが施され、ここまで電子音が入り組んだ音楽はブラジルでは珍しい。白玉で鳴るオルガンとアコースティックベースに導かれながら、徐々にギターやヴィヴラフォンなどの楽器が入り、徐々に疾走するブラシで演奏されるドラムが印象的な「Estacao final」。
ジョアン・ドナートやカエターノ・ヴェローゾ辺りを彷彿とさせるパーカッシブなスキャットに、サンプリングされたノイズやシンセが織り交ざる「Lig」など、ポップかつジャジーなアンサンブルをベースにしながらも、現代的な編集が施された一枚。ハファエル・マルチ二とアントニオ・ロウレイロも参加。トリゴ・サンタナのアコースティックベースも印象に残る。
続く2013年にリリースされた「Deriva」ではエレクトロニクスの比重は減り、前作でのジャズアンサンブルからロック的な歪んだギターや、重心の低いエレクトリックベースやドラムのモダンな編成に変わっている。ストリングスがフィーチャーされた曲も多く、内省的だった前作よりもダイナミクスの効いたスケール感を獲得している。タイトなリズム隊とブラスが絡むファンク「Automotivo」など、前作とは一味違う細やかなアレンジは聴きどころ。

Joana Queiroz ジョアナ・ケイロス

・Uma maneira de dizer(2013)

・Boa noite pra falar nom o mar(2016)

・Diários de vento(2016)

・Gesto(2017)

エルメート・パスコアルに連なる音楽性をもつクラリネット奏者のジョアーナ・ケイロス。ソロ以前にもイチベレ・オルケストラや、クアルタベーなど多くのバンドに参加しているがここでは、ソロ作を中心に辿って行く。
ファーストアルバム「Uma maneira de dizer」はギターにバンブーキンテートのベルナルド・ハモス、ベースにブルーノ・アギラール、ドラムにアントニオ・ロウレイロというカルテット編成を従え、ゲストにスキャットでベッチ・ダウ、ピアノでヴィトール・ゴンサウヴェスが加わっている。
この後のアルバムと比べると小編成なためかドラムが前に出たアンサンブルはよりジャズ色の強いアルバムとなっている(温かみのあるECMといった印象もある)。とはいえ器楽的なバンドの中で、声がアンサンブルの中でも重要な位置を占めているのがブラジルのミュージシャンらしさを感じ、ある種のポップさがにじみ出ている。

ドラムがロウレイロからフェリーペ・コンティネンティーノに代わり、ピアノにハファエル・マルチ二、ボーカルに前作でゲストだったベッチ・ダウを加えたセクステット編成のセカンドアルバム「Boa noite pra falar com o mar」ではよりふくよかなサウンドになり、「Uma danca」のようにヨーロッパの映画音楽のようなどこかサウダーヂとも少し違う、ノスタルジーを感じさせる雰囲気も醸し出している。ドラムを控えめにしたアレンジにより、アンサンブル全体の演奏が際立った形になり、リズム楽器に頼り切らずにバンドの切れの良さを引き出している。
同時期にリリースされた「Diários de vento」はジョアナ単独で演奏された多重録音のアルバム。「風の日記」というタイトル通り、日々の暮らしを思わせるフィールドレコーディングされた音をバックにした映像的な音像の中で、クラリネットや声やパーカッション(おそらく身の回りにあるもの)やサイロフォンらしき楽器を使用した音楽が構築されている。
ハファエル・マルチ二とギタリストのベルナルド・ハモスとのトリオ「Gesto」ではジミー・ジュフリー3のような最小限のアンサンブルで演奏されている。「Boa noite pra falar com o mar」をミニマムにしたような編成ながら過不足無い高い技術力を持ちつつ、気負いの無い演奏を聴くことができる。

ここからは「Macaxeira Fields」にゲストで参加した人々を辿っていきたい。

Andre Mehmari アンドレ・メマーリ

・Canteiro(2007)

・Rã(2018)

・MemahriLoureiro Duo(2016)

ピアノだけでなく多くの楽器を演奏し、アレンジャーとしても活躍するアンドレ・メマーリ。ミナス出身ではないが、アレシャンドリ・アンドレスやアントニオ・ロウレイロのアルバムにも参加していて関わりは深い。
特にアレシャンドリの「Macaxeira fields」では数曲のアレンジと殆どの曲のピアノで全面的にバックアップしている。
人気の高い「Canteiro」(Vento bomは名曲!)や、アレシャンドリの作詞を担当しているベルナルド・マラニャォンとアレシャンドリとのトリオ名義の「Rã」、ロウレイロとのデュオ「MehmariLoureiro Duo」など、共演盤もリリースしている。

Tatiana Parra タチアナ・パーハ

・Aqui(2007)

アレシャンドリ・アンドレスやアントニオ・ロウレイロのアルバムにも参加しているタチアナ・パーハ。2007年の「Aqui」はアカセカトリオのアンドレス・ベエウサエルトによるピアノとのデュオ。アンドレ・メマーリの「Vento bom」や、ピシンギーニャの「Carinhoso」、エリス・レジーナのカバーで知られるエドゥ・ロボの「Corrida de jangada」、カルロス・アギーレの「Milonga gris」、ベエウサエルトの自作曲などブラジルとアルゼンチンの曲が違和感なく織り混ざっている。

Mônica Salmaso モニカ・サウマーゾ

・Corpo de baile(2014)

ギンガとの来日で奥深い声を聴かせてくれたモニカ・サウマーゾ。押し付けがましくないが、聴くほどにその声が発せられるだけで彼女の世界に引き込まれる。素晴らしい女性ボーカルを多く輩出しているブラジルの中でも、モニカの歌は別格な格調をもつ。先日のライブでも披露していたエリス・レジーナの歌唱でも知られる「Bolero de satã」の狂おしい表現が素晴らしい。

Ilessi イレッシ

・Mundo afosa:Meada(2018)

サンバ歌手のイレッシの「Mundo afora:Meada」ではハファエル・マルチ二、アレシャンドリ・アンドレス、フェリッピ・ジョゼ、レアンドロ・セザールらミナス勢が参加していて、ハイブリッドなサウンドが繰り広げられている。エリス・レジーナを彷彿とさせる歌声とモダンなMPBの好盤。ジャケットの絵はレオノーラ・ヴァイスマンによるもの。

Juan Quintero ファン・キンテーロ

・Folclore(2002)

アカ・セカ・トリオのギターとボーカルを担当しているファン・キンテーロ。「Folclore」はアカ・セカ・トリオへ至る直前のアルバムで、ファン・キンテーロの朴訥としたフォークロアな面が前面に出たもの。後のアカ・セカ・トリオでも演奏されたクラシカルな「Claverito blanco」など滋味深い曲が並ぶ。


先日日本語訳で出版された「ミルトン・ナシメント “ブラジルの声”の航海(トラヴェシア)」の著者であるマリア・ドロレスもミナス・ジェライス連邦大学出身。こう言ったところからも繋がりは連綿と続いている。


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