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デヴィッド・ボウイとクラウトロック④/ロウ

ポストパンクとクラウトロックの繋がり

セックス・ピストルズの解散とともに、イギリスのパンクが早々に破綻し、ポストパンクへと移行する中、クラウトロックからの影響を口にするバンドが徐々に現れ始める。セックスピストルズ解散後にPILを結成したジョン・ライドンはカンやノイ!からの影響を口にし、XTCのアンディ・パトリッジもカンの影響をたびたび語っている。
そのほかにもワイヤーのコリン・ニューマン、ザ・ノーマル(グレース・ジョーンズがカバーしたウォームレザレットのオリジナルのバンド)、ジュリアン・コープなど70年代後半になり、リスナーだけでなくプレイヤーの中にもドイツの音楽からの影響が表面化していく。
彼らは一体クラウトロックから何を感じとっていたのだろう?
ストレートにパンク/ポストパンクに繋がるのはノイ!

NEU!/Hero

それともCAN?

Can/Mushroom

https://music.apple.com/jp/album/mushroom/1564611287?i=1564611289

それともクラフトワーク?

Kraftwerk/Showroom Dummies

パンクからニューウェーブへと時代が流れていく中で、多くのバンドがパンク以前の音楽を否定しながらそれらと違ったスタイルをドイツのバンドに見出していたのは、音や発言からも見えてくる。非イギリス、非アメリカ的な音楽を求めて、先の自分たちとは似て非なる部分に共振しながら、新たな音としてクラウトロックへのシンパシーを送っていたのではないかと思う。
ボウイのアルバム「ロウ」はこれらのドイツのバンドから影響を受けつつもイギリスのバンドとは少し異なる方向へ向かう。ヤングアメリカンズからステーション・トゥ・ステーションで培ったファンクを継続しつつ、過剰でデフォルメされた音作りが繰り広げられている。アルバム全体でバシャバシャと鳴るスネアドラムや、デフォルメされたシンセサイザーやピアノのフレーズ。イーノの諸作に通じるある種の過剰さをポップミュージックに埋め込む事で新たな音楽を作り出そうとしていたのではないだろうか。過剰さという部分はすでにロキシーミュージックでイーノが実践していたが、ロキシーはアルバムごとに洗練へとシフトしていく中、彼らとは違う不明瞭部分を残しつつ、かつカリカチュアしたような要素を引き出しながら、新たなヴィジョンを目指していたのだと思われる。
「ロウ」はパンクからの影響が抜け落ちている。このアルバムはクラウトロックとポストパンク/ニューウェーブをつなぐアルバムかもしれないが、性急さと、やさぐれた感覚、アマチュアイズムがベースになっているパンクからの影響はほとんど感じられない。当時イギリスを離れていたボウイにとってロンドンで起きたパンクムーブメントは、遠くはなれた場所で起きた出来事で自分とは全く関係がないものだったという。当時のボウイはマネージメント契約の関係などから生活は困窮していたものの、当時のイギリス国内の労働者階級の困窮とは立場や事情が異なり、そこには精神的にも物理的にも距離が生まれている。

ロウ

ベルリン3部作の始まりとなる「ロウ」は、フランスの古城を使ったスタジオ「シャトー・デルヴィーユ」での劣悪な環境の中でレコーディングがスタートする。トニー・ヴィスコンティが持ってきた新たな機材イーヴンタイド社のハーモナイザー「H910」に新たな可能性を見いだすも、ボウイやメンバーは機械から出てくるノイズに頭を抱える事になる。

ハーモナイザーはドラムのスネアに使用され、ピッチを落とした独特なサウンドに仕上げられた。数年後にゲートリヴァーブを使ったドラムが流行したように、エフェクトで極端に音を加工する音作りの先駆的なサウンドがこのアルバムの特徴になっている。

A面はカラフルでファンキーな短い曲が並んでいる。「Speed of life」「Sound and Vision」で印象的なソリーナのチープなストリングスサウンドや、「What in the World」でのファミコンの音みたいなシンセサイザーのサウンド。「Breaking Glass」でのバシャバシャと鳴るスネア、「Be My Wife」でのデフォルメされたピアノのフレーズ。ステイション・トゥ・ステイションでのミニマルなファンキーさと、イーノのソロで試みられたサウンドが違和感なく融合している。カラフルサウンドで、陰はありながらも明るく、意外とボウイの中のラテンっぽさが出ていると感じられる(「Always Crashing in the Same Car」では実際にラテンパーカッションのようなフレーズが入る)。ロウのA面はこのような音楽で占められているものの、B面は一転して表情が変わりクラウトロックというよりもフィリップ・グラス、スティーヴ・ライヒ、テリー・ライリーなどミニマルな現代音楽や、ヨーロッパ的な大陸を感じさせる重厚なインストルメンタルが展開されている。カラフルだったA面に比べて、B面は近いレンブラントの絵画のようなある種の重厚なベールを髣髴とさせる。
この頃、ボウイはクラフトワークと同じ表現はしないと語っている。自分の音楽に彼らのようなものを取り入れても、模倣の域を出ないと感じたのか、クラフトワークから感じるヨーロッパ性には強く影響されながらも、安易にシンセサイザーを使っただけの音楽はやらずに、違う表現の道を進んでいくことになる。
そして「ロウ」のもつヨーロッパ性にもっとも強く影響されたのが坂本龍一のB2-Unitではないだろうか。ポストパンクとダブに彩られながらも、「ロウ」の世界観に共振した曲が奏でられている。

・Ryuichi Sakamoto/B-2 Unit





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