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街角クラブ〜ミナスサウンド⑧/21世紀の街角クラブ その1

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現代のミナス 21世紀の街角クラブ

2010年にリリースされたアントニオ・ロウレイロのアルバムをきっかけに日本国内でも現在のミナスシーンも注目を集めることになった。
ロウレイロが参加しているアルバムを辿っていくと、現代のミナスシーンもそれまでの街角クラブとは異なるかたちで発展していることが見えてくる。
ロウレイロが通っていたミナス連邦大学で出会い集った面々は、21世紀の街角クラブとも言える新たなシーンを形成しており、主軸となるのはアントニオ・ロウレイロ、ハファエル・マルチーニ、アレシャンドリ・アンドレス、ジョアーナ・ケイロス、アンドレ・メマーリ、クリストフ・シウヴァ、ハファエル・マセド、レオノーラ・ヴァイスマン、マウロ・ホドリゲスといった面々で、それぞれがソロでも活動している。
彼らの音楽性はある種のブラジル音楽回帰な部分を持ちつつ、欧米のジャズやインディペンデントなロック、ポップからの影響を併せ持つハイブリッドな音楽が形成されている。彼らの多くは大枠としてジャズのジャンルに属することになるかもしれないが、彼らとは他にミルトン・ナシメントやロー・ボルジェスに連なるポップさを携えたミュージシャンはいるものの、ここでは21世紀の街角クラブとして彼らから連なる人々に絞って紹介していこうと思う。
まずはシーンの角になる面々が集まったミストゥラーダ・オルケストラから紐解き、現在のミナスシーンの一側面を辿っていきたい。

Misturada Orquestra ミストゥラーダ・オルケストラ

・Misturada Orquestra(2011)

ハファエル・マルチ二によれば、このグループはベロオロゾンチの近しい世代のミュージシャンの俯瞰図であり、その後参加した人々がこのアルバムを機にソロをリリースするのきっかけになったという。そういった流れを見るとこのアルバムはかつて「Clube da esquina」が果たした役割に近いアルバムだったともいえる。

大所帯のこのアンサンブルはレオノーラ・ヴァイスマン、レオポウヂーニャ、ハケウ・リボレードら女性ボーカル3人と、マウロ・ホドリゲスを筆頭に8人のブラス隊を含む後のラージアンサンブル的な展開を見せるハファエル・マルチ二やジョアーナ・ケイロスに繋がる音楽の根幹がここにあると言える。
声楽的な女性ボーカルのタイトかつ宙を舞うような歌や、ブラス隊とギターが絡む冒頭の「José no jabour」から彼らの音楽的野心を垣間見ることができる。
曲の多くでアレンジを担当しているのがハファエル・マルチ二と、ミナス連邦大学で教鞭をとっていたマウロ・ホドリゲス。ゲストでアントニオ・ロウレイロが一曲コンポーザーとアレンジャーで参加している。
かつてエルメート・パスコアルやアイルト・モレイラが在籍していたクァルテート・ノヴォの「Misturada」(プログレッシヴな7/8拍子の楽曲)」や、トニーニョ・オルタ本人も参加した「Vôo dos urubus」(少しばかり大仰だったトニーニョのバージョンを自然な形でカバーしている)などグループのメンバーが持つポテンシャルの高さが提示されている。
ギターのジョアン・アントゥヌス、ピアノやヴィオラォン、バンドリンのハファエル・マセドもバンドの中核を担っている。ベースのトリゴ・サンタナとドラムのユーリ・ヴェラスコはこれらのミナス勢の多くのアルバムでクレジットされている。

さらに一曲ゲストでピアニストのベンジャミン・タウブキンが参加している。

Rafael Martini ハファエル・マルチニ

・qUEbRAqEdRA(2008)


・Ramo e a liberdade musical(2009)
/Grupo Ramo

・Motivo(2012)

・Suite Onirica(2017)

現在のミナスのシーンを語る上でアントニオ・ロウレイロと同等か、それ以上に存在感を示しているのがハファエル・マルチ二。
奥方レオノーラ・ヴァイスマンとのケブラペドラ、ベンジャミン・タウブキンをプロデューサーに迎え後のアントニオ・ロウレイロとフレデリコ・エリオドロが参加したチェンバーインストグループのグルーポ・ハモを経て、ミストゥラーダ・オルケストラで培ったアンサンブルがソロ「Motivo」で開花する。ミストゥラーダ・オルケストラにも収録された「Sono」の再録や、レオノーラ・ヴァイスマンがボーカルをとる「Baião do caminhar」など、歌が中心にあるもののブラスを多用したアレンジが施されている。アレシャンドリ・アンドレス、ジョアーナ・ケイロス、トリゴ・サンタナ、ユーリ・ヴェラスコ、エヂソン・フェルナンドらがバックをかため、アントニオ・ロウレイロが二曲、アカ・セカ・トリオのマリアーノ・カンテイロが一曲でドラムを担当している。
続く「Suite onirica」ではアレシャンドリ・アンドレス、ジョアナ・ケイロス、ジョナス・ヴィトール、トリゴ・サンタナ、フェリッピ・コンチネンチーノらセクステットを基調にしながらも、ヴェネズエラ・シンフォニック・オーケストラが加わり、ラージアンサンブルの枠を超えた交響曲に仕上がっていてハファエルの非凡な才能が繰り広げられている。マリア・シュナイダーからの影響も公言しているものの、独自の発展を遂げているおり枠に囚われないスケール感を作品ごとに作り上げている。

Antônio Loureiro アントニオ・ロウレイロ

・Antonio Loreiro(2010)

・Só(2013)

・Livre(2018)

アントニオ・ロウレイロのファーストアルバムを初めて聴いた時、ミルトン・ナシメントのもつ壮大さと同じものを感じた。控えめなロウレイロのボーカルはミルトンとは異なるが、ミナス界隈というバイアスはあったもののミルトン・ナシメントの「Minas(1975)」に通じる音楽性を真っ先に思い浮かべた。最近では現代ジャズギタリストの巨匠カート・ローゼンウィンケルのバンドでドラマーを担う彼だが、日本ではいち早く彼の存在が注目されている。
セカンドアルバム「Só」のリリース前にはYou tubeで多重録音する様子が上げられていたりと、マルチミュージシャンぶりが発揮されていた。

この頃初来日ライブを敢行しており、バックに日本人のミュージシャンを従え、彼のプレイアビリティの高さを知ることができた。
その後、カート・ローゼンウィンケルのカイピバンドでのドラムを経て、サードアルバム「Livre」ではさらにそれまでの音楽性を推し進めた素晴らしい内容になっている。ジャズの素養を保ちつつも、現代のMPBとしても最高レベルに達している。ロウレイロはティグラン・ハマシアンやブラッド・メルドーら欧米のジャズからの影響も公言していて、これからさらなる発展が望まれる人物だといえる。

Rafael Macedo ハファエル・マセド

・Quase em silencio(2009)

・Microarquiteturas(2018)

ミストゥラーダ・オルケストラ二参加し、プランド・オ・ヴィトローとの名義によるアルバムをリリースしているハファエル・マセド。
ハファエル・マルチ二やアントニオ・ロウレイロらに比べると地味な印象はあるが、管楽器を主体にしたアレンジはハファエル・マルチ二やアレシャンドリ・アンドレス、ジョアーナ・ケイロスと近しい表現ではあるものの、不協和音が織り込まれた尖った楽曲と、どこかジョアン・ドナートにも似た朴訥とした歌声に独特なクセを持つ。

Mauro Rodrigues マウロ・ホドリゲス

・Cru,Cozido e repartido(2018)

ミストゥラーダ・オルケストラで楽曲とアレンジで参加していたフルート奏者のマウロ・ホドリゲス。過去にはフェルナンド・オリーのアルバムにも参加しており、これらのメンバーの中でも長いキャリアをもつ。
このアルバムではアントニオ・ロウレイロ、ハファエル・マルチ二、トリゴ・サンタナのカルテットによるジャズアルバムに仕上がっている。

Leonora Weismann レオノーラ・ヴァイスマン

・Adentro floresta afora(2015)

夫であるハファエル・マルチ二の関わる作品の多くに参加し、画家としても活動しているレオノーラ・ヴァイスマン。自身のインスタグラムでは彼女の絵がアップされている。ジャケットやブックレットの絵も彼女によるもの。

このアルバムではアレシャンドリ・アンドレス、クリストフ・シウヴァ、ハファエル・マセド、ハファエル・マルチ二、ヘナート・モタのインストと歌詞のある曲を二曲ずつ選曲されている(パスコアルのみインスト)。インストでのスキャットと歌詞のある歌との間にギャップが無く、彼女の奥深い歌声を堪能できる。
レオノーラのインタビューではスキャットも織り交ぜるミルトン・ナシメントからの影響もあるということで、かつてのミナスの音楽と地続きになっている事もよく分かる。
演奏はハファエル・マルチ二、アレシャンドリ・アンドレス、ハファエル・マセド、フェデリコ・エリオドーロ、エヂソン・フェルナンドがバックをかため、ミストゥラーダ・オルケストラにも参加していたレオポルヂーニャや、ミルトンの声を彷彿とさせるヘナート・モタの歌声もフィーチャーされている。
レオノーラは今のところこの一枚のみのリリースだが、ブラジルの女性ボーカルの奥深い世界が広がっている。

Leopoldina Azevedo レオポウヂーナ・アゼヴェド

・Leopoldina(2010)

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https://m.soundcloud.com/leopoldinamusica

リーダー作では現代的なジャズベースな作品が多いミストゥラーダ・オルケストラのメンバーの中では珍しくモダンサンバのアルバムをリリースしているレオポウヂーナ・アゼヴェド。
チェロのハーモニクスが鳴り響く中で舞い踊るように歌う「Ngana」から引き込まれる。
音楽的にはマリア・ヒタに近い雰囲気がある。
アレシャンドリ・アンドレスとハファエル・マルチ二が参加している。

Benjamin Taubkin ベンジャミン・タウブキン

・Um outro centro(2006)

・O pequeno milagre de cada dia(2017)

ミストゥラーダ・オルケストラでは一曲ゲスト参加していたベンジャミン・タウブキン。
ブラジル音楽を紹介するNYのレーベル、アドヴェンチャー・ミュージックからリリースされた「Um outro centro(Contenporary America:Another center)」は、カルロス・アギーレへアプローチし、アルゼンチンの作家を取り上げたアルバムを製作。 アカ・セカ・トリオもカバーしたアギーレの「La música y la palabra」など、アルゼンチンのネオフォルクローレとブラジルの音楽がアダプトされている。
「O pequeno milagre de cada dia」は、ベンジャミンの息子でベーシストのジョアン・タウブキンとドラマーのイタマール・ドアーリとのトリオのジャズアルバムとなっている。軽やかなタッチながら包容力のあるピアノに導かれるミルトン・ナシメントの「Cravo e canela」のカバーは聴きどころ。
ラストの「Amanheceu e Sophia Dançava」では抑制が効きつつ熱のこもったトリオのプレイに、クールなエレクトリックピアノの音色が対照的にかぶさっていく。現代のブラジルのジャズシーンの成熟度の高さを感じられる好盤。

ミナスに限らず、ブラジルのジャズシーンについてはJazz the new chapter4で特集が組まれているので、そちらも参照いただきたい。


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