見出し画像

世界で一番好きな(のかもしれない)音楽②/吉田美奈子 扉の冬

画像1

SNSなどで定期的に見かける話題に「彼氏からの影響だろ?」というものがある。流行から少し外れたものを好む女性(特にタレントで話題になりやすい)を見かけると男の影があるんじゃないかと言ってくるアレ。何かにハマるきっかけはあらゆるところにあるし、特定の年代のカルチャーにどっぷり浸かってる女性にちょくちょく出くわすので、話を聞いてみると異性との付き合い云々では無いことも少なくない。長い時間をシェアするだけあるから、付き合った恋人から教えられる事も少なくないとは思う。別に自分がそれを好きだからハマってる、それだけでいいんじゃない?といつも思う。パートナーや友人から教わる事ってそんなにやましい事なのかね?
僕はといえば、同性異性関係なく影響を受けてきたし、それこそ恋人から教わるものも多かった。
高野文子の漫画にハマってた子と本をシェアしたことや、バイト先の女の子からウォン・カーウァイの「ブエノスアイレス」の本を渡されて「まーさんはこれを観なきゃ駄目。絶対観て。」と勧められてどハマりした。ソウルが好きな彼女がいてリロイ・ハトソンを勧められて、流れで一緒にカーティス・メイフィールドの「トリッピング・アウト」を聴いたりしていた。

他の子からは松田聖子の曲は松任谷由美、細野晴臣が関わっていた事を教えられたし、よく一緒に遊んでた女の子からはフィービー・スノウのCDを借りてよく聴いてた。ピチカート・ファイブをカラオケで歌う美大生の女の子たちの姿も忘れられない。
同性だろうが、異性だろうが僕が影響を受けて今の自分を形作った影響はそこかしこにある。全て自分で探したなんて偉そうなことはこれっぽっちも思ってない。むしろ関わってきた女性からの影響の方が大きいともいえる。自分にとっては少し突拍子もない所から出てくる話題の方が新鮮だったりするものだと。

二十代の頭に映画館でバイトしてた頃、劇場のイベントで知り合った女性がいた。僕よりも年上で、所謂「夜の仕事」に関わっていた人で、最初に会った時にアラーキーの話をして盛り上がった記憶がある。イベントが終わった後帰る方向が一緒だったので、電車で話をしているとお互いの家が多摩川を隔てているけれど、近い事も分かりそれから頻繁に会うようになった。最初に言っておくけれど、彼女とは性的な関係もなく恋仲でもないただの友人だった。(「の・ようなもの」から性的な関係を差っ引いた付き合いのようなもの。)

会うのは大体彼女の家で、「夜の仕事」からかなり高いマンションにでも住んでいるのかと思いきや、古い一軒家にひとりで住んでいた。聞くとどうやら祖母の家を借りているという事で、勝手にイメージしていた印象と異なる生活に正直少しばかり驚いた。本棚をみると岡崎京子や魚喃キリコ、やまだないと、山本直樹の本が並んでいて、会う度に山本直樹のエロさについて語られた。川崎市民ミュージアムで「バンドデシネの企画やるよ。」「今度は森山大道やるよ。」とメールすると行ってきたと返事が返ってくる。お互い写真にハマっていて、彼女の風呂場は現像場所にもなっていた。ピンホールカメラを自作したり、ある時「これ買ったんだ。」と見せられたローライフレックスのコンパクトカメラ。僕が持っていたSX-70に興味を持って「一枚撮らせて」とカメラを渡した。鎌倉の寒い浜辺で写真を撮った覚えがある。その当時SX-70のフィルムは生産が終わっていて希少なものになっていたのだけれど、彼女が撮った写真を返してとも言えず、渋々渡したのを覚えてる。今でもあの時の僕の対応は心が狭いななんて、思い返す度に思う。

ある時、彼女の部屋のオーディオで鳴っていた音楽が気になって「これ誰?」と聞いてみた。
「ああ、これね。吉田美奈子だよ。好きなんだよね。貸してあげるから持ってっていいよ。」
「吉田美奈子か。フラッパーは持ってるけど、これは聴いてたなかった。全然違うけどこれも良いね。」
手渡された紙ジャケの「扉の冬」を借りて、帰ってから家のオーディオで鳴らす。孤独を感じさせる歌詞と、キャラメルママのセンスの良い演奏。
彼女の住む一軒家と吉田美奈子の歌う世界観は、どこかマッチしていて、あの一軒家を今でも思い出す。
「今度結婚する事が決まって、この家も引き払う事も決まったの。遠くなるけど遊びにきてね。」
「この家無くなるの?凄く雰囲気があるからもったいないね。」
「気に入ってるんだけど仕方ないよね。」
彼女は結婚が決まった一年ほど前から「夜の仕事」を辞めて、服飾の仕事についていて、並行してライターの仕事もしていた。同じ都内でも城南と城北は意外と距離がある。
年月が流れ、先日ネットで検索すると服飾の仕事についた彼女のインタビュー記事を見つけた。長かった髪はベリーショートになっていて元気そうだった。僕はといえば、出不精がたたって「遊びにきてね」という約束は守っていない。mixiまでは繋がってたけど、自然と途切れてしまった。ああ、駄目な僕。

吉田美奈子の「扉の冬」を聞く度に、あの一軒家の中であーだこーだと話した記憶が蘇る。音や風景がパッケージされた記憶。去っていった友人を思い出すと大体部屋の記憶も呼び起こされる。不思議な感覚だななんて思う今日この頃。

画像2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?