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世界で一番好きな(のかもしれない)音楽⑤/細野晴臣 Omni sight seeing

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このアルバムをいつ買ったのはあまり覚えていない。2000年にレコードコレクターズの細野晴臣特集を読んで気になっていたはずだから、2000年か2001年辺りだったと思う。当時、クラブでテクノやハウス、その他のクラブミュージックはクラブに行って触れていたので、「Laugh Gas」がアシッドハウスと言われてもどうもピンと来なかった覚えがある。いわゆる踊る音楽とは違っていたし、ライなどのワールドミュージックも既に時代を感じさせるようなもので、かつてあったものという印象の方が強い。当時のエレクトロニカの耳で聴くには、毛色が違いすぎたし、それだったら「フィルハーモニー」に収録されていた「エアコン」のような曲を聴いた時の方がインパクトがあった(まるでオウテカのガンツグラフじゃないか!)。
それでも「Omni sight seeing」を聴き続けたのは、冒頭の「Esashi」と「Pleocene」があったから。江差追分をベースにした「Esashi」の音像は衝撃だったし、アンビエントと民謡と沖縄とライが混ざったミクスチャー具合…という理屈を超えて耳と感情が揺さぶられた。「Pleocene」は「泰安洋行」や「はらいそ」、YMOを経た後の到達点の様に感じたし、細野作品を全部では無いにしろ一通り聴いた今でも実際そうだと思う。
過去の名盤を追う時、リバイバル的なトレンドから外れたものを聴くという行為はかなり孤独を感じる。最近のアナログリイシューまで、このアルバムについて話す人は殆どいなかったし、少なくとも実際に会って細野晴臣の話をしてもこのアルバムの事を語った記憶がない。振り返るには微妙な距離感で、2000年当時の音楽と比べるには異質すぎた。
このアルバムを聴くたびに、誰とも共有出来ない孤独感を強く感じた事を思い出す。評価が確立された名盤は、あまりこういった事は感じないけれど、YMO散開以降の細野晴臣のソロは殆どこういった状態だったと思う。ノンスタンダードもモナドも定期的にリイシューされていたけれど、好事家が聴くもの程度だったと思う(大滝詠一のナイアガラ第一期が今この状態な気がする)。
明らかに潮目が変わったのが2018年にLight in the atticからこのアルバムの初アナログリリースのアナウンスが入ったときだったと思う。2010年代から星野源のブレイクや、ヴェイパーウェーヴが発端になった日本のシティポップブーム、近年のニューエイジブームが後押しして細野晴臣の全キャリアに照射が当たり始めたことも大きい。
日本では00年代から「Hosono House」と「午前三時の子守唄」のリバイバルが今でも続いている。それらは「Honova」や「Hochono House」に帰結しているけれど、細野ファンとしてはあまりにもその部分に寄りすぎていて食傷気味なのが正直なところだと思う。
海外ではソフィア・コッポラの「ロスト・イン・トランスレーション」で「風をあつめて」が取り上げられたりしたものの、この数年の動向はニューエイジの流れからの評価の方が高いと思う。
Light in the atticは細野作品をリイシューしているけれど、コンピレーション「Kankyo-Ongaku」の存在も大きい。

ヴァンパイア・ウィークエンドが「2021」で「花に水」をサンプリングしていたり、マック・デ・マルコが「Honey Moon」をカバーしたりというトピックも強く印象に残る。

そんな流れで「Omni sight seeing」がリイシューされるのは、自然な流れだと感じる。改めて今回のアナログリイシューを聴くと、時代に寄り添いながら時代に迎合しない作品の強さは凄い。アルバムの全体像は簡単には咀嚼出来ないし、何十年経っても未だに発見がある。「Laugh Gas」もクラブの文脈から外して聴くとTR-808の旨味が存分に出ていて、ミニマルミュージックとして聴く方が自然だと思う。「Ohenro-San」は「はらいそ」の「シャンバラ通信」のアップデート版だし、亜熱帯の密林を音像化したような「Korendor」はモナドでやっていた事にも通じる。「Orgon Box」のグリッチなコーラスはエレクトロニカを先取ってる。ワールドシャイネスで試みてる過去のアメリカ音楽のシュミレートは「Caravan」から始まっている。「Retort」は「Coincidental Music」に入っていてもおかしくない。
「Omni sight seeing」は今聴いた方が楽しめるアルバムなのは間違いない。
このアルバムが凄いのは、80年代なのにリヴァーブがあまり使われていなくて、ドライな音像で埋め尽くされてる事。シンセサイザーのディケイでアンビエントを描いている。リヴァーブの残響に頼らずともアンビエントは構築出来るというのが、このアルバムの凄いところ。
「Pleocene」で使われている弦楽器は伽耶琴という韓国の楽器。アジアの楽器はベントと微分音が重要だなと。

最後におまけで、LITA盤と日本盤のアナログの違いについて書いておきたい。

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初アナログ化という事で話題になったLITA盤と、今回の日本盤を比較すると、ジャケットの印刷から大きく異なってくる。LITA盤はゲートフォールドで日本盤はシングルジャケット。CDジャケットをそのまま拡大したような粗いLITA盤に比べて、日本盤は元のフィルムから起こしていて質が全然違う。日本盤は初版のCDとは違うトリミングが施されている。

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オビも日本盤はCDのオビのデザインを踏襲していて、マニア心をくすぐる。

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肝心の盤はLITA盤はヒスノイズや内周の歪みが酷いけれど、日本盤は内周まで綺麗に音が鳴っている。まりんのリマスターに細野本人もジャッジしているので、やはり質は日本盤の方が良質。LITA盤を手放しても、日本盤は手に入れるべき質が保たれてる。ソニー渾身の一枚。今ならまだ手に入ると思うので、絶対に手に入れるべき一枚だと思う(HMVには沢山在庫があった)。「Medicine Compilation」も良かったので合わせて手に入れた方が良い。後からだと絶対プレミアが付くので。

サブスクでは二曲聴けないので、やはりフィジカルで手にしたい一枚。
次は「SFX」と「マーキュリック・ダンス」かな。


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