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世界で一番好きな(のかもしれない)音楽⑧/George Harrison All things must pass

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ビートルズのメンバーの中でも、何故か一番不当な扱いを受ける印象があるジョージ・ハリスン。ビートルズ時代の基準で語られる事も多く、ヒットシングル以外の彼の音楽に触れるのは目下ファンばかり。個人的にはグルーヴィなOnly A Northern SongやSavoy Truffle、Old Brown Shoe辺りは何度聴いてもカッコいいし、Here Comes The Sunのアコギとドラムの絡みは表面的なソフトさに反してかなりロックなダイナミズムがある。プロデューサー気質なミュージシャンシップは四人の中でも抜きん出てる。ビートルズとソロのリアルタイム世代と話をしていてもジョージのソロは聴いた事がない人が多かったり(My Sweet RoadやGot My Mind Set On Youは当然知ってる。これだけの人がホント多い。)、最近でも某ユーチューバーがジョージのベストと称してビートルズ時代の曲だけしか選ばない的外れなことをしていたりと、肌感でも広く定番になってる印象は希薄。この20年でAll Things Must Pass(以下ATMP)は定番の位置になってきてはいるけれど、他のアルバムはどうかと言われるとどうも定着していない感がある。ポールやジョンのソロと比べてスタートダッシュは良かったものの、定期的に安定したヒットが少ない事や、そもそもビートルズで頭一つ秀でて来たのが解散間際だったことも要因なのは良くわかる。ジョージ・ハリスンの楽曲の良さを考えた時、ビートルズらしさが希薄な時にこそ魅力が発揮される。逆にビートルズの元メンバーなのに、ソロ作ではビートルズ色を感じさせると彼の良さが薄まってしまうのも特徴。そもそもビートルズ後期以降のジョージと、ポールとジョンの曲の構造は決定的に異なっている事も大きい。ふたりに比べ、ジョージの曲はティンパンアレーから脈々と続くアメリカの作曲家のスタイルに近い。それを物語る象徴的な出来事が、フランク・シナトラがポールとジョンの作品で一番好きな曲は?と問われた時にSomethingを挙げた事だった。この曲はビートルズというよりも、バート・バカラックやシナトラが愛したジョビンの構造に近い。感覚的にケーデンスを破壊してきたジョン・レノンと、ティンパンアレー以降の音楽性はありながらも、最小限の音で最大限の音で表現を続けているポール・マッカートニーは、ソロ活動を見ていると時代の変化による構造の変化に対応しきれていない印象は強い。対してジョージ・ハリスンはAORに近い感覚をビートルズ後期に確立して、ロジカルな楽曲構成に至っている。ブルースベースの不条理なコード進行を盛り込みながらも、非常に理知的で4和音を巧みに生かした和音感覚はカバーしていたジョージ・ガーシュウィンやホーギー・カーマイケル(香港ブルースのカバーはクラプトン経由で細野晴臣の影響なのかが気になる所。)、コール・ポーターなど1920年代のゴールデンエイジのジャズの感覚とも連なっている。アメリカの音楽を掘り下げていくほど、ジョージの音楽との親和性の高さが感じられる。その中にしっかりとジョージらしいディミニッシュコードや、スライドギターも盛り込まれていて、その魅力に気付いた時に彼の音楽が輝いてくる。不思議なくらいビートルズの残像から離れた方が、ジョージの音楽を楽しめる。
もう一つポールとジョンとジョージの構造の違いはリズムの概念とハーモニーの二つだと考えられる。リズムに関しては60年代後半から頭角を現した16ビートへの対応で、ポールとジョンはキャリア全体を通して8ビートがベースだったのに対し(ポールは時代によって16ビートは取り入れてるものの、基本は8ビート主体)、ジョージのソロ初期は16ビートが中心になっている事と、オフビート主体のシンコペーションが多い。面白いのが、16ビートを突き詰めたアルバム「33 1/3」の次のアルバム「George Harrison」(名盤!)ではメロディを活かすためなのか、リズム隊を8ビート主体に切り替えている。とはいえウィリー・ウィークスとアンディー・ニューマークというリズム隊の布陣にリズムへの取り組み方は単に8ビートと割り切れない。整理されつつ立体的なリズムへの希求は感じられる。ハーモニーの面ではポールとジョンのソロを聴けば分かるのだけれど、ハモりの旨みの大部分は実はジョージが担っていて、比べるとポールとジョンのソロは意外とスッキリしたものばかりなのに対して、ジョージのソロでのハーモニーは豊かなものが多い。主メロを担う部分でボーカリストとしての力量が、ジョージについては70年代後半から安定し始めたこともあるのも否めないのだけれど…。
キャリアを通して80年代以降はリリースが減ってしまったのが悔やまれるものの(まああれだけ成功していながら次々とアルバムを作る意欲はビートルズ四人とも凄いと思う)、晩年の「Brainwashed」まで良作を作り続けていたのはもっと知られてもいいのではと思う。クワイエットビートルと言われた彼の控えめな性格が、結果として出てしまっているようにも思えるのだけれど、良い作品が多いので一人でも多くファンが増えるのを祈るばかり。

ビートルズ時代に自作曲をあまり取り上げられなかったジョージが、貯めていた曲を一気に放出したアルバムがこの「All Things Must Pass」。ビートルズ解散前から独立を目指しながらまだ過渡期だったジョン・レノンと、結果的にビートルズ解散を誘導して裏切り者扱いされて苦境に立たされたポールの狭間に、三枚組という無謀なボリュームながら英米のトップチャートに君臨したのがこのアルバム。ジョージの快進撃はこの後のバングラデシュのチャリティアルバムまでで、その後のツアーでの声の不調や、自身のレーベル”ダーク・ホース・レーベル”の業績不振はあるものの、音楽的にはキャリアは絶好調。ATMPはそんなキャリアの最初のピークを示したアルバムであり、名曲てんこ盛りな三枚組となっている。
今回のATMPの50周年盤はこの数年行われていたビートルズのリイシューと同様にリミックスされていて、各楽器の輪郭がはっきりした音像になっている。オリジナルの腰高でアンバランスな印象があったミックスが、リミックスされる事で特にキックドラムの重心が曲に馴染んでいる事と、ジョージのボーカルがしっかり曲の中心に来るように配置されていて楽曲が持つパワーが良い塩梅で底上げされている。元々のミックスではプロデューサーのフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドの音処理が施されていて、深いリヴァーブに包まれているために全体的にもやっとした雰囲気が特徴だったのが、ATMP(だけでなく当時のイギリスの音楽シーン)に強く影響をもたらしたザ・バンドのファーストやレオン・ラッセルなどのスワンプロックに近い、ロウな音像に仕立て上げられている。

今回のリミックスはただ単に新たにミックスをやり直しただけでなく、ハイレゾでミックスをやり直す事で2ミックスだけでなくドルビーアトモスのミックスに対応しているのもポイント。
ドルビーアトモスとハイレゾについてはSpotifyの砂原良徳氏のコメントを参照していただきたい。

フィジカルではCD/LPとは別にドルビーアトモスが収録された盤が別に用意されているので、パッケージによって付属されていたり、されていなかったりするのだけれど、アップルミュージックではドルビーアトモスにも対応しているので、設定で簡単に聴き比べが出来る。通常のステレオでは音の位置が左右に配置されているのに対して(リヴァーブやディレイで奥行きはある程度演出できるものの)、ドルビーアトモスは奥行きと上に音が配置できるので、より分離感がはっきりした音像を楽しめる。しかし一通り聴いた限りだとドルビーアトモスのミックスでは本作のもやっとした音像が完全に払拭されてしまい(リヴァーブの成分が定位から外されてしまっている)、良くも悪くももやっとした部分に含まれていた旨味成分が取り払われてしまっている。このアルバムの一番の旨味であるメロウな雰囲気が希薄になってしまっていて、この辺りはドルビーアトモスという技術がまだ熟していない事から、時期尚早だった感は否めないかなと。まあ聴くならドルビーアトモスじゃなくて、2ミックスを聴いた方が本来の旨味を取りこぼす事なく楽しめると思うので、まずは両者を聴き比べてどのフォーマットで購入するか決めた方が良いと思います。

ATMPは名曲揃いで、ビートルズ後期の頃にレコーディングされたものも少なくない。アンソロジーでもAll Things Must Passは収録(残念ながらジョージの独奏。ゲット・バック・セッションのブートではバンド演奏も聴ける。)されているように、ゲットバックセッションでも、ジョージの曲は演奏されながら「Let It Be」にも「Abbey Raod」にも収録から漏れた曲がここに収められている。
メロウという言葉に尽きる「I'd Have You Anytime」、少ない音からダイナミックなアンサンブルが感動的な「Isn't It A Pity」、高らかに鳴り響くクランチギターと60'sガールズポップマナーな「What Is Life」幽玄な雰囲気のスワンプナンバー「Beware Of Darkness」、広がりのあるペダルスティールギターと、ピアノのトップのペダルノートが醸し出す切ない雰囲気が印象に残る「Ballad of Sir Frankie Crisp」など聴きどころは多い。とりあえず、ここを取っ掛かりに「33 1/3」、「George Harrison」辺りを聴いて欲しい。

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