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ホソノ通信②/トロピカル・ダンディ〜泰安洋行

トロピカル3部作からの影響

前回の海外で「薔薇と野獣」のような曲が受け入れられている現状に対して、トロピカル・ダンディや泰安洋行はどのように受け入れられているのだろう?所謂DJがプレイするのに適した曲があまりない事や、シティポップ的な側面が希薄な事もあり、今でも十分人気は高いと思われるがある種評価を持て余しているというか、分が悪い印象もある。ジャンプ&ジャイブのDJなら自然と馴染む曲が多いかも知れないけれど、今のアメリカでは残念ながらそう言ったものは皆無なはず。まずは昨今のトロピカル3部作の影響を取り上げていきたい。

先日リイシューされサブスクに上がっていた、コーネリアスの「Point」を久し振りに聴いていた。ふとラストのNowhereを耳にした時に、トロピカル3部作からYMOのシムーンを経由した南国感のあるサウンドが広がってるのを感じた。折しも細野晴臣とコーネリアスこと小山田圭吾が接近したきっかけとなったこのアルバムのラストが、この曲だったのはもっと取り上げられても良い気がする。リズムやサウンドデザインにシフトしたコーネリアスのアルバムの中で、この曲や次作「Sensuous」でのカバー曲Sleep Warmは特にこの流れを感じさせる曲だと思われる。

トロピカル3部作から影響を受けたミュージシャンは多いけれど、特に2000年以降に絞れば前面にそれを出していたのが星野源が所属していたサケロックだった。中華街ライブの時の細野の格好を真似したコスプレを星野源がしていたり、音楽以外も含めトロピカル3部作からの影響をここまで色濃く出したバンドは他にいないと思う。このアルバムの冒頭の七拍酒での大瀧詠一のロックンロールマーチの引用も含めて、70年代のあの界隈のサウンドを今の時代に鳴らそうという姿勢には当時驚いた。サケロックというバンド名自体がマーティン・デニーの曲名から引用しているという部分も、2000年以前にはここまであからさまな表現は出来なかったように感じる。

最近では今年初めの来日でチケットも即完売したアメリカの辺境音楽やエキゾチカをテーマにしたバンド、クルアンビンがマーティン・デニーのファイアークラッカーをYMOのアレンジでカバーしていて大きな話題となっていた。マーティン・デニーやアーサー・ライマン、レス・バクスターらが持っていた、ある種の書割的ないかがわしさをこういった形で蘇らせていて、細野がトロピカル3部作で描いていたある種のキッチュな世界観とダイレクトに繋がっている。

さらに最近ではアメリカでも細野フォロワーとして認識されているマック・デマルコもハニームーンを日本語でカバーしており、オリジナル通りのアレンジは細野本人をも驚かせた。先日行われた細野の西海岸ツアーのLA公演でゲスト出演も果たしている。

その他にも以前対談も行っていたデヴェンドラ・バンハートが、細野オマージュの新曲Kantori Ongakuをリリース(アルバムは2019年9月リリース)していたりとアメリカ国内のミュージシャンの細野晴臣へのラブコールは日に日に高まっているのがわかる。

おっちゃんのリズムという揺れ

トロピカル・ダンディから泰安洋行で細野が試みた実験はリズムの開拓と、外から見たアジアというエギゾチズムをテーマに掲げたふたつ。
特にリズムについては手始めにトロピカル・ダンディでバイアォン、スライ・ストーンのリズムボックス、カリプソ、スカなどロックから離れハイブリッドな音楽が取り入れられ始める。続く泰安洋行ではリズムは細分化されていて、シャッフルとイーブン(均等)なリズムの中間を目指している。

シャッフルとイーブンについてはトリプルファイヤーの鳥居真道さんのコラムが分かりやすいので一読頂きたい。

細野はトロピカル・ダンディでのリズムの引用から一歩突っ込んで、1950年代に発生したスウィング/シャッフルとイーブンのリズムのハイブリッドに注目している。

それは四ビートから八ビートへの移行期の、たとえばビル・ヘイリー&ヒズコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」などを聴くとよくわかる。スウィングをやっていたドラマーは跳ねるリズムを叩いている。一方でギターは八ビートを刻んでいる。そこで出来上がる跳ねているようで跳ねていないリズムーそれがロックンロールのノリであり、実はブギウギの基本でもある。そこで、譜面には書けないため口伝で、この「おっちゃんのリズム」の奥義をドラマーの林立夫に伝授した。その中間をとるという微妙なテンションのなかで、だんだんハイになっていく強い快感のあるビートであった。
※アンビエント・ドライヴァー 2006年 P.24~25

跳ね切らないリズムはアルバムの各所で聴くことが出来るが、冒頭の「蝶々さん」のイントロや、沖縄とニューオリンズが入り交じり跳ねるリズムと跳ね切らないリズムが交差する驚愕の「ルーチューガンボ」など、唯一無二な世界が繰り広げられている。
以前たまたまNHKFMの民謡番組を聴いていた時に流れていた「津軽小原節」のリズムが、まさにこの跳ね切らないリズムで驚いたことがある。

ラジオで聴いたものはこれとは別の音源で、よりイーブンなリズムだったものの、こちらの音源も跳ね切らないリズムを聴くことが出来る。1950年代にリズム捉え方の変化から自然発生した混合リズムや、沖縄などの民謡がもつファジーなリズムの感覚を意識的に取り入れ、それを再現し別次元まで昇華している。やや強引かも知れないが、この譜面に表せない割り切れないリズムの揺れを聴いた時に真っ先にJディラを思い浮かべた。

機械的に生成されるイーブンなリズムから脱却しようと試みた、手で入力したジャストではない揺れのリズムの心地よさは、細野や民謡に通じるものを感じた。Jディラが使用していたサンプリングマシンのMPCシリーズは、リズムをイーブンに修正するクオンタイズ機能が備わっていて、手入力した時にズレていても正しい位置に自動で修正する。ディラはクオンタイズ機能をオフにする事で、意図的にリズムをずらし跳ね切らない状態を作り上げていた。ディラが試みたこのリズムはディアンジェロへと継承され、嫌がるルーツのクエストラブを説き伏せて人力で再現する事に成功している。こちらでは跳ね切らないハーフタイムシャッフルという細野が「Choo Chooガタガタ」で試みた揺れをさらに先鋭化させたものだとも言える。

リズムを主軸に置いたR&B/ヒップホップとの共通性は、細野の重要な力点であり後のYMOやアルバム「SFX」、エレクトロユニットFOEで結実していくことになる。

トロピカルダンディ (1975)

A面はソイソースミュージックというコンセプトで固められたものの、B面はHosono Houseの延長にあり過渡期的なアルバムになってしまっている。とはいえこの新たなテーマは細野を奮い立たせた。ブラジルのミランダ・カルメンの歌唱や、ハーパーズ・ビザールでも有名な「Chatanooga Choo Choo」のカバーから始まる。

ハリウッドへの情景、リズムボックスにおけるスライ・ストーンの影響、アラン・トゥーサンのオリエンタルな響きが混ざった「Hurricane Dorothy」。

オリエンタルな「絹街道」、「熱帯夜」、「北京ダック」、「ハニームーン」とアジアらしさを表現した内容が続く。

「ハニー・ムーン」はマック・デマルコやデヴィッド・トゥープも好むこの曲は欧米人の琴線に触れる何かがあるのかもしれない。
00年代のSSW的細野フォロワーの多くで下地にされていたのが「午前三時の子守唄」。この曲の持つ細野の父性的なものが良くも悪くも求められていたのかもしれない。

泰安洋行 (1976)

僕個人の好みかもしれないけれど、細野晴臣の全キャリアで一枚選ぶとすればこの「泰安洋行」ではないかと思う。これまで以上にハイブリットな音楽が展開されており、様々なリズムが取り上げられている。テーマ、歌詞、音楽が一貫した内容になっていて、完成度が抜き出たアルバムだと言える。
影響元をたどれば、ニューオリンズ、R&B、ゴスペル、沖縄民謡、エキゾチカ、カリプソ、ブギウギ、バップ以前のジャズ、スカとあらゆるジャンルが横断されている。

ラストの「エキゾチカ・ララバイ」の跳ね切らないリズムと、バックビートではないリズムアクセントのズレなど日本というよりも世界的にハイレベルな演奏に、ティンパンアレーという集団の凄まじさを感じる。

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