街角クラブ〜ミナスサウンド⑬/2020〜2022年初頭までの注目作その1
これまで紹介した21世紀のミナスのコレクティブによる活動は、一時ほど活発ではないがここ数年その輪は広がりをみせている。特にアントニオ・ロウレイロはワールドワイドな活動にシフトしていて、活躍の場がミナスという場所に限らないものになりつつある。今回はロウレイロとフレデリコ・エリオドーロの活躍を中心にこれまで紹介してきた面々のその後と、新たに登場したミナスの新世代を取り上げていきたい。
まずは2022年3月時点で一番のトピックになっている笹久保伸の2枚のアルバム、そしてアントニオ・ロウレイロによるミナス以外のミュージシャンのプロデュース作や参加作、近年登場した中でも注目を集めたダヴィ・フォセカら新世代、21世紀のクルービ・ダ・エスキーナの面々のその後を順を追って紹介していく。
・アントニオ・ロウレイロ 参加・プロデュース作
埼玉県秩父を拠点に活動するギタリスト。コロナ禍で海外のミュージシャンとコンタクトを取って製作された21年リリースのChichibu、さらに短いスパンで22年3月にリリースされたVenus Penguinの2枚のアルバムが録音された。Chichibuをレコーディングするに当たり、当初笹久保はミルトン・ナシメントやロー・ボルジェスにもコンタクトを取ったが返答はなかったという。そして結果的にコラボレーションを行ったのが、来日時に笹久保が挨拶を交わしたアントニオ・ロウレイロを始め、ロウレイロのバンドメイトのフェデリコ・エリオドーロ、そしてジョアナ・ケイロス、モニカ・サウマーゾとミナス新世代周辺のミュージシャンと海を隔ててレコーディングされた。笹久保のギターに各人の歌や楽器が載ったスタイルで、モニカ・サウマーゾとの共演はギンガとサウマーゾの共演を想起させる。他にもアメリカのジャズシーンで頭角を表し注目を集めているサックスのサム・ゲンデルやmarucoporoporoなども参加している。
続くVenus Penguinは秩父の洞窟で録音されたものがきっかけとなり、前作と同じくロウレイロとエリオドーロらミナス勢、フランスのノエル・アクショテ、サム・ゲンデル周辺のアダム・ラトナーとコラボレーションした一枚。静謐でアコースティックな世界観はChichibuの延長にあるが、より深淵な音の世界が堪能出来る素晴らしい一枚となっている。
2枚のアルバムのリリースの間に、ノエル・アクショテ、サム・ゲンデルそれぞれの共演盤もリリースされているので、こちらも併せてお勧めしたい。
Nair Mirabrat/Juntos Ahora 2021年
ウルグアイのギタリストであるマルティン・イバラが中心となったユニット、ナイール・ミラブラット。ロウレイロがプロデュース、ゲストににジョアナ・ケイロス、ウルグアイの大御所ウーゴ・ファトルーソも参加したアグレッシブな一枚。カンドンベと現代ジャズをベースに、ビートミュージック的な打ち込みも併用され、モダンな仕上がりになっている。
Manuel Linhares/Suspenso 2022年
ポルトガルのジャズ/SSWのマニュエル・リニャーレス。ロウレイロがプロデュースしており、ハファエル・マルチニのようなラージアンサンブルのアルバム。アレシャンドリ・アンドレスとフレデリコ・エリオドーロが参加し、アルゼンチンのギジェル・モクラインが一曲でアレンジで参加している。ジャズ出身ということもあり、ブラジルと同じポルトガル語の歌唱でもよりはっきりとした歌声が特徴と言える。ブラジルのミュージシャンの歌は丸みのある歌が特徴だが、リニャーレスの発生はもっと伸びやかで輪郭がはっきりとしている。
Katerina L’dokova/Mova Dreva 2021年
ベラルーシ出身でポルトガルで音楽を学んだカテリーナ・ラダコヴァ。本作もロウレイロが全面プロデュース。フォークロアな雰囲気と現代ジャズのハイブリッドな形は、ロウレイロが影響を受けているティグラン・ハマシアンにも通じるプログレッシブな音楽を感じさせる。
ラダコヴァが紡ぐスラブ文化を織り込んだ、スロヴァキア語で歌われる歌詞は、どこか童話っぽい内容で独特な世界観を醸し出している。
あなたが熱いから、あなたが熱いから
牡蠣から水が溢れ出す
牡蠣から水が溢れ出す
私たちの小さな女の子は言った
二人の少年が叫んでいた
二人の少年が叫んでいたと
でも怖がらないで
Àbáse/Laroyê 2021年
ハンガリーのサボルチ・ボグナールによるユニットプロジェクト。ジャイルズ・ピーターソンが「注目するべきプロデューサー」と賛辞を送っているように、フロアライクなアフロビートが全面に押し出されたサウンドが展開されている。かつてのアフロ寄りなブラジリアンハウスっぽい雰囲気があったり、フェラ・クティやトニー・アレンの諸作が好きな方はばっちりハマる一枚。レコーディングはリオデジャネイロとサルヴァドールで行われたが、アフロブラジリアンとアフロビートが交差しつつ、ヒップホップやR&Bの要素も交えたモダンなアルバムに仕上がっている。ロウレイロがAgangatolúに参加するのみではあるが、ミナスの枠を超えて聴かれるべき一枚。
Igor Pimenta/Sumidouro 2020年
サンパウロのルス出身でアップライトベースのイゴール・ピメンタ。現在はソロ活動以外には主に元シルク・ドゥ・ソレイユのマルコス・カスオの音楽監督や、テレビやCMの仕事を請け負っている。本作はタチアナ・パーハやサロマォン・ソアレス、アンドレ・メマーリ、ロウレイロらをゲストに迎えている。
ミルトン・ナシメント(Clube da esquina2収録のA sede de peixeをカバー)やトム・ジョビン、ヴィラロボスへのオマージュを捧げたアルバムとなっているが、イギリスのプログレ/ジャズロックバンドであるジェントル・ジャイアントのカバーも収録されているのが面白い。
ミナス出身のピアニスト/コンポーザーのディアンジェロ・シウヴァ。2017年BDMGインストゥルメンタル賞、2021年マルコ・アントニオ・アラウージョ賞を受賞したブラジル現代ジャズシーンの一人。ロウレイロとエリオドーロのリズム隊に、ギタリストのフェリピ・ヴィラス・ボアスを交えたカルテット編成で、アコースティックとエレクトリックな楽器が交差した尖った演奏が冴える今なジャズアルバム。
くるり/Humano 2021年
くるり主催の京都音博にロウレイロが出演したのがきっかけで共作を行った。作編曲は岸田繁、歌詞と歌、ビートボックスをロウレイロが担当した一曲。曲自体はくるり色は希薄で、ロウレイロの「Livre」に収録されていてもおかしくないクオリティで、今後アルバム一枚コラボレーションしたら面白いものが出来るかもしれない。
Andre Mehmari & Antonio Loureiro/Materia de improviso 2021年
タイトル通りロウレイロのドラムとメマーリのピアノによる即興のマテリアルをもとに、シンセサイザーなどを盛り込んだアルバム。曲名もアルファベットが添えられているだけの簡素なものだけれど、デュオがガチンコで対峙する即興ジャズアルバムとなっている。ECM辺りが好きな人はしっくりくる一枚だと思う。
・フレデリコ・エリオドーロ参加作
ロウレイロと共にリズム隊で参加する事も多いので、先に挙げた笹久保伸やディアンジェロ・シウヴァ、マニュエル・リニャーレスのアルバムにもエリオドーロは参加している。
こちらではエリオドーロ単独で参加しているアルバムを取り上げていく。
Gabriel Bruce/Afluir 2020年
エリオドーロのレーベルInteriorからリリースされたミナス出身のドラマーのガブリエル・ブルースのリーダー作。ディアンジェロ・シルヴァ、アレシャンドリ・アンドレス、ダニエル・サンチアゴらミナス勢とアルゼンチンのエルナン・ハシントが参加。歪んだ音色やシンセサイザーなどビートミュージックも内包した現代ジャズアルバムではあるが、インストに寄らず歌もフィーチャーされていて、ロウレイロやエリオドーロのソロにも通じるミナスらしい清涼感のある楽曲が並んでいる。
São Paulo Panic/S.T 2020年
ノーヴォス・コンポジトーレスの代表格ダニ・グルジェウによる多国籍ジャズユニットのアルバム。ジャズマナーという言語をベースに現代ジャズが展開されているが、グルジェウのボーカルがブラジルらしさを感じさせる。エリオドーロはベースを担当。
Gustavo Pereira/Margem 2022年
リオデジャネイロ在住のSSWグスタヴォ・ペレイラ。情報があまり無くキャリアが掴みかねるのだけれど、ジャジーでカラッとポップなMPB。
エリオドーロがベースで参加。
一方、ロウレイロのアルバムにも参加していたフェリピ・コンチネンチーノは数曲シングル曲をリリースし、いくつかのアルバムでドラムを叩いてる。
Marcus Abjaud & Matheus Barbosa/Religare Vol.2 2021年
ジェニフェール・ソウザのバックも努めていたピアニストのマルクス・アブジャウヂと、ミナスのギタリストのベト・ロペスに師事していたマテウス・バルボーザによるデュオ。コンチネンチーノが全曲で参加している。ミナスらしい清涼感のあるメロディと和音を感じさせる一枚で、ベト・ロペスやトニーニョ・オルタに通じる演奏で、じっくり聴かせる曲が詰まったアルバムとなっている。盤がリリースされていないのか、日本ではあまり紹介されていないがブラジリアンジャズの好盤。
アコースティックな前作から一転、モダンな作風に変化した一枚。ムーンズの活動やプロデューサーのレオナルド・マルケスのカラーもあり、Rhyeを彷彿とさせるアーバンな曲調がメインになっている。エリオドーロとコンチネンチーノが大半の曲で参加。
Moons/Dreaming Fully Awake
アンドレ・トラヴァッソスを中心にジェニフェール・ソウザらミナス出身のメンバーによるバンド。全曲英詞でブラジルらしさよりも、USインディを見据えた作風になっている。前作はニック・ドレイクというよりもマイケル・フランクスを想起させる歌と曲のようなAOR調は継承されている。レオナルド・マルケスがプロデュースとレコーディング、ミキシングを担当。
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