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街角クラブ〜ミナスサウンド⑤/クルービ・ダ・エスキーナ2 街角クラブ再び

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クルービ・ダ・エスキーナ再び

・Clube da esquina2(1978)

ロー・ボルジェスは1972年にミルトン・ナシメントがバックアップしたファーストアルバムリリース後、ミルトンと仲違いしていたため後ろ盾が無い状態が続き表立った活動が出来ずにいた。
そんな状況を危惧したミルトンは再びローに声を掛け、クルービ・ダ・エスキーナの続編を作ろうと提案する。
街角クラブの面々だけでなく、セザール・カマルゴ・マリアーノやフランシス・イーミをアレンジャーに迎え、エリス・レジーナ、フラヴィオ・ヴェントゥリーニ、ジョアン・ドナート、”ママンイ”イヴァン・コンチ、シコ・ブアルキなど前作以上に大人数かつ多彩なミュージシャンが集結。
これがきっかけになりロー・ボルジェスは復活し、他のメンバーも活動が活発化する。丁度軍事政権が終わりに向かって民主化が進み始めた頃に辺り、80年前後のMPBは作品の質を含め黄金期に入ることになる。
このアルバムは街角クラブの面々が参加しつつも、ミルトンのアコースティックサイドの集大成的な内容で「Clube da esquina」にあったサイケ色は皆無。ミルトンのアルバムに大勢が参加したものとして聴くのが一番自然かもしれない。

Lô Borges ロー・ボルジェス

・A Via Lactea(1979)

ロー・ボルジェスの復活を告げるヒット作でありこれぞミナスサウンドといえるMPB屈指の名盤。
タイトルのA via lacteaは天の川を意味していて、ジャケットの星空はそれを意味している。
冒頭の「Sempre Viva」のイントロのアコースティックギターのカッティングから始まり、爽やかな風が吹くようなエヴァーグリーンな楽曲が並ぶ。
アルバム「Clube da esquina」に収録されていた「Tudo que você podia ser」と「Clube da esquina°2」のメロウな再録を始め、フラヴィオ・ヴェントゥリーニがキーボードで参加したシンフォニックなバロックポップ「Equatorial」、後にエリス・レジーナがカバーしたテロ・ボルジェスによる「Vento de maio」、ファーストアルバムの楽曲のアップデート版のような「A olho nu」と、いつ聴いても瑞々しさを感じさせる。
そしてアルバムを象徴するフェルナンド・オリーのカバー「Chuva na montanha」。

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オリーは12弦ギターで参加していて、印象的なフレーズを奏でて、きらびやかな音を曲に散りばめている。
イントロでのストロークと単音フレーズが流麗な「Ela」。12弦ギターの単音フレーズが印象的なイントロからローのファルセットがミナスらしい響きを持つ「Nau sem rumo」。「Chuva na montanha」ではローが弾くオクターブ奏法のギターに導かれながら、オリーの12弦ギターのキラキラしたアルペジオと広がりのあるコーラスに包まれるミナス的サウダーヂを感じさせる。

・Nuvem cigana(1981)

個人的には「A via lactea」よりもこちらのアルバムの方を推したい。曲も全体的に統一感があり、アレンジや演奏も申し分ない。
冒頭の「Todo prazer」でのスカっぽいリズムと、コーラスの効いたギターのフレーズ、ステレオ感たっぷりのドラムなど時代を感じさせる音ではあるものの、ロー流の甘酸っぱさを感じるAORだといえる。
トニーニョ・オルタによるアレンジが施された「A força do vento」でのストリングス、「Vida Nova」のフルートの響きは曲の持つメロウさを増強している。アカ・セカ・トリオの「Ventanas」を聴いた時にこの辺りの曲を思い浮かべた。
トニーニョ・オルタが奏でる美しいメロディーのギターが印象的かつ、5/4拍子に変拍子が絡む怒涛のジャズロック「Vai vai vai」。アシッドフォークな怪しさの中にメロディアスさが徐々に立ち上がってくる「Uma cançao」。アルバム「Clube da esquina」の再録でよりローらしさがアップしたシャッフルビートの「Nuvem cigana」。シンフォニックなシンセサイザーからポップな曲調へとリズムチェンジするMORな「Ritana」。アコースティックギターのアルペジオとミルトンの歌声が幻想的な「Viver viver」。エレピのコードフレーズとエレキギターが絡み、ローの切ないメロディが展開される「O Vento não me levou」。それにしてもローの曲は3拍子系が多い。ラストがショーロをカリカチュアしたような「O Choro」。
今ならロー・ボルジェスのAORアルバムとして聴く事ができるのではないだろうか。

Fernando Oly フェルナンド・オリー

・Tempo prá tudo

「A via lactea」の姉妹盤とも言える、フェルナンド・オリーによる「Chuva da montanha」の自演を含むインディーリリースによるアルバム。ロー・ボルジェスに近い音楽性が展開されているが、よりポップな面が目立つ。ミナスの音楽の中でもミッシングリンクになっていた今作が日本国内でリリースされた時はロー・ボルジェスファンは狂喜乱舞していた(私を含め)。
テロ・ボルジェス、ソランジ・ボルジェス、フラヴィオ・ヴェントゥリーニらが参加している。
「A via lactea」と合わせて聴くべき一枚。

Toninho Horta トニーニョ・オルタ

・Terra dos passaros(1980)

このアルバムは、トニーニョがミルトンから「Milton(1976)」録音時に余ったテープを譲渡され、少ない時間の中で始めたレコーディングからスタートしている。1976年から1979年の間に何ヶ所かのスタジオで録られた曲をまとめ、最終的にインディーレーベルからのリリースとなった。
次作への布石となる壮大なストリングスのアレンジはトニーニョによるもの。
アルバム全体に70年代半ばの森の中にいるようなミナスサウンドの香りがあり、ロック色の残るギターに垢抜けなさがあるもののトニーニョらしさが散りばめられている。
バックにウーゴ・ファットルーソ、アイルト・モレイラ、ヴァギネル・チソ、ルイス・アウヴェスら「Milton(1976)」のレコーディングメンバーが参加している。
「Aquelas coisas todas」でのヴィオラォンの演奏は次作の「Aqui Oh!」に通じるバチーダが奏でられ、後にアルゼンチンのアグスティン・ペレイラ・ルセーナらに受け継がれていく。

・Toninho Horta(1980)

ミナス賛歌の名曲「Aqui Oh!」から始まるトニーニョの名盤。この曲はミルトンの「Milton Nascimento(1969)」の再録になるが、より練られたアレンジを施され後半に向かって最高潮に達する名曲へと変化している。ドライヴするトニーニョのヴィオラォンに「Oh Battery(オー、バッチリー!」の声とともにバテリアと合唱が加わる所など、いつ聴いても心を揺さぶられる。
アルバム全体としてはAOR/フュージョンな曲が並び、透明感と浮遊感のあるトニーニョのギターを存分に味わう事ができる。
このアルバムはドラムやパーカッションの録音が素晴らしい。ホベルチーニョ・シウヴァとパウロ・プラーガが半分づつ担当し、タイトでスピーディかつキレのあるドラムを叩いている。
「Saguin」でトニーニョは珍しくギターでなくピアノを弾いているが、ピアノの腕前も優れている。少し大仰なストリングスがドラマティックに盛り上がるが、朴訥としたトニーニョの歌声が入ると切なさを誘う。
前作まではロック色のあったギターのプレイも、ここでは完全にジャズギタリストとして完成されている。
スライドを多用したコードフレーズやサックスとのユニゾンが炸裂する「Vôo dos urubus」、オクターブ奏法がメロウな音色の「Bons Amigos」、流れるようなジャジーな単音フレーズが展開される「Era só começo nosso fim」、タイトル通り風が吹き抜けるようなコーラスのかかったギター独奏の「Vento」のように余す事なくトニーニョの演奏が十二分なく披露されている。
さらに今作ではゲストでパット・メセニーが2曲で参加。パット・メセニーとバークレーで共に学んでいたセリア・ヴァスから紹介を受けていたのがきっかけで知り合い今作に参加。セリア・ヴァスも自身のアルバムでパットと共演している。

パットのイントロから裏拍シンコペーションの浮遊感のあるフレーズと、トニーニョのスキャットとユニゾンするギターが溶け込む「Prato feito」、ロー・ボルジェスがボーカルをとる「Manuel O Audaz」での歌に寄り添ったプレイなど名演をアルバムに添えている。これらの曲ではトニーニョはバッキングに徹していて、しっかりゲストに華を持たせている。

Beto Guedes ベト・ゲヂス

・A Página Do Relâmpago Elétrico(1977)

・Amor De Índio(1978)

・Sol De Primavera(1979)

ベト・ゲヂスの音楽性はロー・ボルジェスやトニーニョ・オルタに比べるとロック色が強い。
ロー・ボルジェスとザ・ビーヴァーズというビートルズのコピーバンドをやっていた事もあり、欧米のロックからの影響が一番色濃く出ているのがベトだと思う。とはいえストレートに吐き出す訳ではなく、独特な雰囲気を持っていて他にはない形容しがたいユニークな持ち味を持ち合わせている。
かつてMPBフェスティバルに応募したロー・ボルジェスとの共作「Feira moderna」(半音進行の部分はピンク・フロイドのAstoronomy Domineを彷彿とさせる)の自演版など、捻れたポップさがベトの特徴。ある種XTC的捻れたポップさがあるようにも感じる。
特徴的な歌声と、彼の弾くファズがかかったギターは一聴してわかるくらい個性的である。

・Fravio Venturini フラヴィオ・ヴェントゥリーニ

・Nascente(1985)

「Clube da esquina2」に提供していた「Nascente」を含むソロアルバム。ロー・ボルジェスのアルバムにも参加している事もあり、ローに近いメロウさを持っている。ロー・ボルジェスの諸作が気に入った方は、その次に聴くべきアルバムだと思う。このアルバムでの80年代らしい甘酸っぱさは、ローやベトとも違った味わいがある。

Uakti ウアクチ

・Oficina Instrumental(1981)

・Uakti2(1982)

ミルトンの「Sentinela(1980)」に参加していた、クラシック出身のマルコ・アントニオ・ギマランエス率いる自作楽器を主体にしたグループ。
後に現代音楽のフィリップ・グラスと共演したように、一見無国籍なフォークロアのような体裁を取りながらもミニマルや室内楽的なアプローチが織り込まれている。
「Oficina Instrumental」ポコポコと鳴る筒状の楽器と古楽的な弦楽器がメインに扱われているが、「Uakti2」ではチェロなどの弦楽器に比重が移り、より室内楽に近い音楽性へとシフトしている。ユニークな音楽性を持っているが、ペンギン・カフェ・オーケストラ辺りの室内楽アプローチに近いと感じる。MPBというよりはエイトール・ヴィラ=ロボスの延長にあるグループと言える。昨今のポストクラシカルな側面を内包したニューエイジブームの今こそ聴くべきグループではないかと思う。

Os Borges オス・ボルジェス

・Os Borges(1980)

ボルジェス一家がそれぞれ曲を持ち寄ったアルバム。ロー・ボルジェスのポップさを期待すると肩透かしを喰らうと思うが、聴き込むほどに味わい深い一枚である。
冒頭のイエ・ボルジェスによる幻想的な雰囲気の「Em familia」。アルチュール・ヴェロカイに通じる長兄マリルトン・ボルジェスによるブラジリアンソウルの「Carona」。エリス・レジーナが歌う「Outro Cais」。かつてミルトンとボーカルグループを組んでいたマリルトンとの共演「Pros Meninos」。
ロー・ボルジェスのファーストの再録「Eu sou como você é」がアルバムの中でも断トツにクオリティが高い。メロディメイカーとしての彼がデビュー当時から揺るぎない才能を持っていたのがよく分かる。

Elis Regina エリス・レジーナ

・Elis(1980)

晩年のエリス・レジーナは街角クラブやボルジェス一家のアルバムに参加し、ミナスの面々と近い場所にいた。この頃のツアー名も”O trem azur”というタイトルだったように、ロー・ボルジェスの「O Trem Azul」を取り上げている。もう一曲ローの「A via lactea」に収録されたテロ・ボルジェス作の「Vento de maio」はシンセサイザーとスラップベースが印象的かつ幻想的なカバーを録音している。こちらはボルジェス一家がコーラスで参加。

Novelli ノヴェーリ

・Canções Brasileiras(1984)

ミルトンや街角クラブの面々のアルバムでベーシストとしてリズム隊を担っていたノヴェーリもソロアルバムをリリースしている。
かなり地味な内容ではあるものの、彼の持つリリシズムが溢れている一枚。

Wagner Tiso ヴァギネル・チソ

・Wagner Tiso(1978)

・Assim Seja(1979)

・Trem Mineiro(1980)

・Toca Brasil (Arraial Das Candongas)(1982)

ミルトンの旧友でありソン・イマジナリオを率いたヴァギネル・チソもこの頃ソロアルバムをリリースしている。
エルメート・パスコアールやエグベルト・ジスモンチ、シヴーカに通じるストレンジなブラジリアンフュージョン。AORやフュージョンをフラットに感じることが出来る今こそ、聴きどころの多いアルバムなのかも知れない。

Tavito タヴィート

・Tavito(1979)

ソン・イマジナリオのギタリストだったタヴィートもこの時期にソロアルバムを立て続けにリリースしている。
どこか日本の歌謡ロックに似た音楽性なので好みが分かれる所だと思う。

Robertinho Silva ホベルチーニョ・シウヴァ

・Robertinho Silva(1981)

フィリップスからリリースされていたMPBC(Música popular Brasileira Contemporânea)シリーズの一枚。初期ECMにも通じるブラジリアンジャズ。

70年代末から各メンバーは各々の道を歩み始め、街角クラブとしての活動は散り散りとなっていく。


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