レヴァインの交響曲録音:モーツァルト~シベリウス(MUSE2021年7月号)

 レヴァインのDGへの録音はナクソス・ミュージック・ライブラリでもかなりのものが聴けるので、映像のない音楽配信サイトでもあり、今回は彼の遺した数少ない交響曲分野の遺産を聴いてみました。まずNMLで聴ける交響曲は下記のとおりです。

モーツァルト 交響曲全集    ウィーンフィル
シューマン  交響曲全集    ベルリンフィル
ブラームス  交響曲全集    ウィーンフィル
ドボルザーク 交響曲8番・9番 ドレスデン国立歌劇場
マーラー   大地の歌     ベルリンフィル
シベリウス  交響曲2番・4番・5番 ベルリンフィル

 このうちシューマンとブラームスはDGと契約する前にRCAへもそれぞれ全曲を録音していましたし、ドボルザークも9番を7番との組み合わせで収録していましたから、曲目が少ない割に再録音が多いことが特徴的です。またマーラーはRCA時代には録音がなかった大地の歌がDGに収録されたものの、最も編成の大きい8番はついに録音が遺されなかったのが残念です。
 これらのうちモーツァルトは曲数が多いので、今回は35番以降の6曲を聴いたわけですが、編成を刈り込み第2ヴァイオリンを右側に配した対向配置で楽譜上での反復の指示は全て励行した古楽派の流儀を取り入れたものだけに旋律線の伸縮は控えめながらも、適度なしなやかさと潤いは失われないといった趣があります。どの曲のどの楽章もやや速めのテンポを基本にしつつ、ともすれば全曲の結びだというので煽られることも多いフィナーレは心持ちテンポを落としつつ丹念に彫琢してゆくといった具合で、見通しの良さを保ちつつも汲み取れるものが多い音楽になっています。古楽の成果と従来型の演奏スタイルとの最もいい意味での折衷様式が打ち立てられていて、誰にも受け入れやすいモーツァルトになっていると思います。
 シューマンもよどみのない速めのテンポは共通していますが、こちらはさすがに要所でテンポを落とし表情を濃くつける場面も出てきます。でもそれ以上に僕の印象に残るのは楽器の重なりが多くしばしば指揮者によって見通しよく整理されがちな鬱然たる響きに変に手を加えず、むしろその響きから生じる手探りめいた情趣に耳を澄ませているかのような待ちの姿勢とでも呼ぶべきものです。そういう姿勢から生まれがちな停滞感は速めのテンポで巧みに避けられ、けれどそこに響きから生じる情趣がなにか割り切れないようなもどかしさめいたニュアンスを纏わせることで、確かにこれはモーツァルトとは異なる個性から生まれた音楽だと得心させてくれるのです。
 ウィーンフィルとのブラームスになると、歌い口の細やかさが前面に出てきます。なので堅固な構築性が表に出るわけではないものの速めのテンポによる崩しのない進行は共通なので、構築性はしなやかな音楽を背骨として支える役割に回っている印象。その表面を細やかな歌い口が描き分けるニュアンスの移ろいが彩っているといった音楽になっています。進行を波立たせてドラマを描く流儀ではなく、さりげなく添えられた細部に表現を託した、等身大のブラームスと呼びたくなる演奏です。

 こんなレヴァインの音楽性を、あるSNSでバーンスタインのファンとおぼしき人が、常に80点の優等生だが本当に心に響く音楽は創れなかったと評しているのを見たことがあって、バーンスタインの味付けに慣れてしまったらこういう感想しか出てこないだろうなあと思ったことがあります。新鮮な食材が手に入らないためソースの味で食べるように発展したのがフランス料理だと聞いたことがありますが、バーンスタインに限らず味付けの濃い演奏は取り上げられた曲の違いやそれ自体の味わいがマスキングされてしまうことが多く、僕などは最もフィットした曲が2、3あればもう十分という気持ちについなってしまうのです。
 そんなスター演奏家たちとレヴァインの音楽性の違いが最も浮き彫りになるのがメンデルスゾーンとシベリウスです。どちらもベルリンフィルを起用し全曲録音には至らなかった点が共通しています。
 解釈面でメンデルスゾーンとシベリウスに共通するのは、緩徐楽章を遅め、速い楽章は速めに演奏してコントラストを強く打ち出すやり方で、これはカラヤンやバーンスタインなどとも共通する後期ロマン派寄りの傾向なのですが、レヴァインが彼らと違うのは緩急の落差が控えめなのと歌い回しがよりあっさりしていることです。特に旋律へ過度な魂込めを避け粘らないよう歌わせることは、メンデルスゾーンでは古典派の美意識を尊重したこの作曲家の特質の1つにスポットを当てる結果となっていますし、シベリウスではモチーフの形を崩さず後のヒンデミット等の新古典派に繋がる脱ロマン派の先駆けとしてのシベリウスの顔を見せてくれています。特に2番はテンポもロマン派流儀の指揮者では例外的なテンポの速さで、膨張より凝縮を尊ぶシベリウスの特徴をレヴァインは押さえていると感じさせます。録音はこの2番の次に共通項が多い5番が収録され、2年ほど空けて最後の4番が収録されたのですが、この間に彼は4番の秘める2番を見上げるまなざしの意味に気づいたのではとさえ想うのです。咽頭ガンを疑われた病のただ中で書かれた4番に現れる2番由来のモチーフは生き延びられたら再びこんな曲を書きたいという願いとして彼を支え、ゆえに5番は2番のオマージュになったと思うので。
 そのあたりのことは以前記事にまとめたことがありますので、よろしければご参照ください。また4番の演奏時間を比較した記事の中の一覧に、今回のレヴァイン盤のデータもこの機会に追加することにいたします。

コリンズ/ロンドンSO(1954年収録)
8:47/3:59/8:48/10:06 計31:40
(27.7%/12.6%/27.8%/31.9%)

渡邉暁雄/日本PO(1962年収録)
9:53/4:45/10:49/9:28 計34:55
(28.3%/13.6%/31.0%/27.1%)

アシュケナージ/フィルハーモニアO(1980年収録)
9:41/4:38/9:26/9:14 計32:59
(29.4%/14.0%/28.6%/28.0%)

ギブソン/スコットランド・ナショナルO(1983年収録)
8:03/4:51/8:42/9:18 計30:54
(26.1%/15.7%/28.2%/30.1%)

ベルグルンド/ヘルシンキPO(1984年収録)
9:39/4:41/9:55/9:57 計34:12
(28.2%/13.7%/29.0%/29.1%)

マゼール/ピッツバーグSO(1990年収録)
12:38/4:23/11:26/11:06 計39:33
(31.9%/11.1%/28.9%/28.1%)

レヴァイン/ベルリンPO(1994年収録)
11:23/4:57/11:30/9:30 計37:20
(30.5%/13.3%/30.8%/25.4%)

デイヴィス/ロンドンSO(1994年収録)
10:55/4:53/12:17/9:13 計37:18
(29.3%/13.1%/32.9%/24.7%)

オラモ/バーミンガム・シティO(2000年収録)
10:45/4:38/11:30/8:55 計35:48
(30.0%/13.0%/32.1%/24.9%))

尾高/札幌SO(2014年収録)
10:29/4:48/12:24/8:31 計36:12
(29.0%/13.3%/34.2%/23.5%)

カム/ラハティSO(2014年収録)
11:16/4:50/11:46/9:51 計37:43
(29.9%/12.8%/31.2%/26.1%)

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