妊娠した喜びに覆い被さる悪阻地獄

2人目を授かった。
嬉しさを噛み締める間も無く、現実に押しつぶされていた2週間だった。

最初の1週間はまだ悪阻は我慢できる程度だったが、翌週から娘が原因不明の高熱で4〜5日続いた。
その間は悪阻もどんどん酷くなるし娘の機嫌も体調もすこぶる悪かった。
普段何をしても反応していた母親が突然横になって動かず気持ち悪そうにしているのだから、そりゃ娘も戸惑うのも無理がない。

娘に構ってやれないことへの罪悪感、
体調が悪すぎて体力的に、そこから精神的にも娘が鬱陶しくなる罪悪感、
私はまだ第二子を宿す準備も覚悟もなかったのでは、と思ってしまう。
(でもそりゃ違うぞわたし!だって悪阻は本当にいつだって辛いものだもん!)

加えて辛かったのが夫への嫌悪感。
一戸建て購入したばかりで積もり重なる費用に弱音を吐く夫にとても腹が立ってしまった。
これ以上私に負担をかけるな!と正直思った。
悪阻プラス看病中、夫が機嫌を悪くして家の空気が悪くなったことにも本当に腹が立った。
義両親のことまで腹を立てる始末(笑)
顔も見たくなくて実家に帰った。

「俺はどうしたらいいの?何したらいいの?」
その発言が無毛に思えて腹が立った。
悪阻期間も看病も子育ても、いや夫婦関係も、ただ、相手を信じて見守ってほしい。
どうにかしたくたって、出来ないんだもん。
ただ、今の不調を受け入れて波が去るのを待つことしかできないんだもん。
それを「どうしたらいいんだよ!」と言うのはワガママに聞こえた。お前だって我慢しろとしか言えない。
その間サンドバックになってほしい。
当たるけど、みんな辛いからしょうがないって諦めて欲しい。
その役割を引き受けずに、自分が正解であろうとする姿勢が、私には受け入れられなかった。

悪阻でしんどくて体勢を変えたくても、娘がどこまでもくっついてきてできず、号泣を耳元で聞き続け、咳を顔面で受け続けたこの1週間は、本当に消えてしまいたいほどにしんどかった。

今は娘の体調が落ち着き、やっと私も落ち着いた。悪阻との付き合い方も少しわかってきた。

そんな中実家の親から電話があり、イラッとした。
幼い頃から変わらず、お互い(両親)の意見の食い違いや喧嘩を、私を介してする。そういうのほんと嫌。

でも、もう私も強くなったはずだ。

幼い頃にタイムリープして、じっと堪えて家の空気を和ませようとしていた幼少期の私を抱きしめてあなたは悪くないよって言って守ってあげたい。
でも時をかけることなどできないから自分で自分を抱きしめてよく頑張った!と褒めてあげた。

一方、救われたこともある。

実家の親。父親があんなに子供好きとは知らなかった。孫を宝だ!天才だ!と褒めちぎっていた。

助産師さん。忙しい中、家に来てくれてお昼ご飯買ってきてくれて、沢山おしゃべりしてくれた。顔見ただけで泣けた。ハグしてもらって安心した。

近所のお寿司屋さんのどんぶり。北海丼。
美味しすぎて沁みた。エネルギーが湧くのがわかった。

自分で作ったトマトうどん。
まだ余韻に浸ってる。うまかった。

やっぱり食ってダイレクトに心身に影響与えるなぁと実感。
これが悪阻期間だと余計にそう。
まだ長い悪阻期間の序章に過ぎない。

ほどほどにね。


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