記事一覧

花玉

 かつての日本には当たり前のように神と妖精がいた。 神々は万物に宿り、妖精達は自然の中を自由に飛び回り、人間達はその領域をみだりに侵すことなく共生していた。  …

モグリ
3年前
1

取引

 今日は待ちに待った取引の日だ。この裏稼業も長年続けていると、当たり前のように日常の中に組み込まれてしまうが、緊張感を忘れてはならない。無理矢理にでも気を引き締…

モグリ
3年前
2

虫医

 私にとって初めての患者は、クロアゲハの幼虫だった。 当時私は9歳ぐらいだったと思う。とても暑い夏の日、庭にある金柑の木で、葉にしがみつくのもやっとな状態のそいつ…

モグリ
3年前
3

ママとぼうや

 還暦を迎えた21歳上の夫は、夜遅くに飲食店の仕事から帰ってくる。朝起きるのも早いため、常に寝不足だ。 真面目で寡黙だがお茶目な面もあり、オシャレでスタイルも良く…

モグリ
3年前
2

共生

 精神科の待合室にあるウォーターサーバーは、紙コップに水を注ぐたびゴボッと大きな立てる。私はいつも誰かが驚いて恐怖を感じてしまわないか、場所が場所だけに心配にな…

モグリ
3年前
2

廃墟メシ

 その柿は、あと少しで指先が届きそうな距離に実っていた。 何度かジャンプするも失敗。私はこんなに跳べないのかと、己の身体能力の低さを突きつけられる。 雑草の生い…

モグリ
3年前
2
花玉

花玉

 かつての日本には当たり前のように神と妖精がいた。
神々は万物に宿り、妖精達は自然の中を自由に飛び回り、人間達はその領域をみだりに侵すことなく共生していた。

 ある時、農家が不毛の大地に苦しんでいると、親切な妖精達が不思議な種を蒔いた。その種は作物が育たぬ土でもしっかりと根を張って発芽し、太陽の光や雨が少なくてもすくすくと育った。

不審に思った人間達が引っこ抜いてしまわぬよう、妖精達はその植物

もっとみる
取引

取引

 今日は待ちに待った取引の日だ。この裏稼業も長年続けていると、当たり前のように日常の中に組み込まれてしまうが、緊張感を忘れてはならない。無理矢理にでも気を引き締め、表にはそれを一切出さず、安全に取引を済ませることが大切なのだ。決して油断してはならない。
投獄されたいのなら別だが。

 スーパーマーケットで適当に買い物をして、午前10時半ちょうどに駐車場へ出ると、約束通り取引相手の車が入ってきた。ま

もっとみる
虫医

虫医

 私にとって初めての患者は、クロアゲハの幼虫だった。
当時私は9歳ぐらいだったと思う。とても暑い夏の日、庭にある金柑の木で、葉にしがみつくのもやっとな状態のそいつを見つけた。

 その患者には抵抗する気力も無かった。緑色の柔らかな体をそっとつまみ上げても臭角を出さず、手のひらに乗せると、腹脚に力が入らないためコロッと横になってしまった。しかも体がとても熱い。
私はすぐにその患者を家の中に運び、台所

もっとみる
ママとぼうや

ママとぼうや

 還暦を迎えた21歳上の夫は、夜遅くに飲食店の仕事から帰ってくる。朝起きるのも早いため、常に寝不足だ。
真面目で寡黙だがお茶目な面もあり、オシャレでスタイルも良く、あまり年齢差を感じさせない夫。私と同じくギターが弾ける点も嬉しい。
そして何よりも、私の求める形で接してくれるのでとても助かる。

新しいママと誘拐されたぼうや。
人買いマダムと靴磨きの少年。
ヘルパーと山下正治さん。
ヤクザの女とヤク

もっとみる
共生

共生

 精神科の待合室にあるウォーターサーバーは、紙コップに水を注ぐたびゴボッと大きな立てる。私はいつも誰かが驚いて恐怖を感じてしまわないか、場所が場所だけに心配になる。
実際誰もこっちなんか見ちゃいない。でも、見ないようにしているだけで、本当は動悸で苦しんでいるのかもしれない。
そう思いつつも薬の副作用である口渇には耐えられない。

 そんな気遣いも、徐々に虚しくなっていった。
受付のスタッフに対して

もっとみる
廃墟メシ

廃墟メシ

 その柿は、あと少しで指先が届きそうな距離に実っていた。
何度かジャンプするも失敗。私はこんなに跳べないのかと、己の身体能力の低さを突きつけられる。

雑草の生い茂る中に腰を下ろして見上げると、そこに太陽は無かった。まだ午後三時だというのに薄暗く、廃墟と化したこの四棟の社宅を冷やしている。全てが灰色の世界だからこそ、オレンジ色の柿はより魅力的に映った。

ふと、いつかテレビで観たマサイ族の垂直ジャ

もっとみる