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村生ミオ先生死去

◉残念です。69歳は、早死が多い業界ではありますが、まだ早いです。80年代に大ヒット漫画家でしたから、自分らの世代だと影響を受けた人は多いでしょうね。ある意味で、師匠である柳沢きみお先生が生み出した講談社の週刊少年マガジンのラブコメ路線を、継承された方でもあります。集英社デビューで、講談社や小学館などでヒット作を連発した、人気作家でした。

【漫画家村生ミオ氏死去 「胸さわぎの放課後」「結婚ゲーム」】朝日新聞

 「胸さわぎの放課後」「微熱 MY LOVE」などの作品で知られる漫画家の村生(むらお)ミオさん(本名村井幹生〈むらい・みきお〉)が16日に亡くなっていたことがわかった。69歳だった。葬儀は近親者で営む。
 1952年生まれ、徳島市出身。72年に別冊少年ジャンプ(集英社)から「かっぱラブラブ大作戦」でデビュー。80年代、週刊少年マガジン(講談社)連載の「胸さわぎの放課後」、少年ビッグコミック(小学館)連載の「結婚ゲーム」、GORO(同)連載の「微熱 MY LOVE」などのラブコメディー漫画がヒット。作品の映画化やドラマ化が相次いだ。

ヘッダーはnoteのフォトギャラリーより、自分が過去にあげた画像です。

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村生ミオ先生というと、肉感的な美少女が主人公の作品のハシリでした。週刊少年マガジンでは、蛭子達也先生や小林まこと先生らの作中でもパロディにされていましたが。青年誌に活躍の場を移してからは、颯爽とした美女が活躍する感じで、後世への影響は大きいですね。近年は原作を書かれることも多かったのですが、それも体調を考慮されてのことだったのかと、今更思い当たったりしますが。

記事によれば数年前から、闘病しながらの執筆だったようで。他の記事の情報ですが、先行させて連載を何話分も書き溜めていたようで、しばらくは連載は継続されるようです。すごいですね、肉体的にはきつい状況でも、作品を書き続ける意欲というか。手塚治虫先生も、最後まで作品を書こうとされたそうですが。創作への意欲が、御本人の心の張りになっていたのでしぃう。物書きの端くれとして、頭が下がります。

村生ミオ先生のご冥福をお祈りします。合掌

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