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HondaJetの国内状況

◉HondaJetが日本で最初の機体が引き渡されて、もう3年経つんですねぇ。イロイロと批判する人も居ますが、個人的にはホンダという会社はかなり好きです。本田宗一郎と藤沢武夫のコンビの、理念と実践の部分が好きと言っていいかもしれません。敗戦で日本の航空産業がアメリカによって潰された時、それを民間で立て直そうという本田宗一郎の壮大な夢と、実行力。ホンダは自動車部門に進出した同じ年、航空機部門も立ち上げているんですよね。

【日本初納入から3年のホンダジェット、日本国籍機は何機?】FlyTeam

ホンダ・エアクラフト・カンパニー(HACI)製造のホンダジェット(HondaJet)が日本で引き渡しされた2018年12月20日(木)から、3年が経ちます。羽田空港で開催された式典で、日本初号機を受領した投資家の千葉功太郎氏は、「12月20日は、日本における『空の移動革命 Day1』になる」と語り、新たな時代の到来を祝いました。これまで日本国籍(JAで始まる機体記号)で登録されたホンダジェットは8機で、国内各地を飛行しています。定期便と異なり、使用者の都合で飛行する地点、目的が異なり、狙って見ることは難しい機種です。それでも出会うためのヒントや機会を高められるよう、定置場や飛行する機会の多い飛行場をまとめました。

ヘッダーの写真はウィキペディアのフォトギャラリーから、やっぱりカワセミみたいでかっこいいですね。

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■TOYOTAの横綱ぶり■

詳しくは、リンク先の記事を読んでいただきたいのですが。もう世界でトータル200機を超え、思ったより多くの、HondaJetが日本国内にあるんですねぇ。トヨタ自動車の役員移動用のHondaJetがあり、朝日航洋が運行しているとのこと。いやぁ、TOYOTAという会社は自動車産業では横綱ですが、それも双葉山や谷風梶之助のような、名横綱というか大横綱というか。王者として、盤石のイメージがあります。そこが、ある意味で業師の関脇のようなライバル会社のジェット機を買っている。こういうところが凄いなと。

もちろん、TOYOTAも航空産業や宇宙開発事業に進出する可能性もあり、敵情視察の面はあるでしょう。でも、日本の会社なのに主要な市場はアメリカという小型ジェット機を、あえてTOYOTAが買うという意味。敵に塩を送るというわけではないでしょうけど、こういうのは浪花節と言われようと、自分はいいなと思うのです。もちろん、真っ先にHondaJet購入を宣言し、実際に日本人購入第一号になったDrone Fund代表パートナーの千葉功太郎氏も、素晴らしいです。

■そこに〝志〟こころざしはあるか?■

話はずれますが、ZOZOTOWNの創業者の方が、なぜあれ程の成功者(推定資産2100億円)なのに尊敬されないかと言われますが。単純です、〝志〟が見えないからです。例えば、戦後初の南極越冬隊が組織された時。世界が笑う中、戦後の日本に希望を与えようと関係者が奔走していた時、浜松の小さなバイク屋の社長が、南極の寒さに耐えられる発動機を設計して、ただで寄付したわけで。こういうのを志というのであって、カネを配るだけでは人は魅了されません。

ホンダを育て上げた経営トップの藤沢武夫氏は「経営者とは、一歩先を照らし、二歩先を語り、三歩先を見つめるものだ」との言葉を残されています。ZOZOTOWNの創業者の方が、未来を語ったり、希望を語ったところは、自分は見たことがないです。勉強不足で知らないだけかもしれませんが。また、野村克也監督は「財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すは上」という言葉を残しています。財さえ残せないオマエがZOZOTOWNの創業者の方を批判するなと言われるでしょうけれど、志の話をしています。

■三菱重工の迷走と航空機産業■

さて、ホンダは民間企業として、航空機部門に進出し、小さな市場ですが確実にシェアを獲得しています。これを足掛かりにHondaJet Eliteを発表し、改良に余念がありません。さらに今年10月にはHondaJet 2600 Conceptを発表しています。機体を少し大きめにして航続距離が2625 nm(4,862 km)にして、運べる人数を現状の7人から11人に増やして、という動くは早くも発表されていますし。こうやって着実に、実績を積めばいいと思います。一方、三菱重工は……。

【三菱重工 松阪の尾翼生産工場の一部売却】NHKニュース

三菱重工業は、国産初のジェット旅客機「三菱スペースジェット」の尾翼の生産拠点として三重県松阪市に保有していた工場の一部を、大阪市に本社がある製薬会社に売却したことを明らかにしました。
三菱重工業によりますと、売却されたのは松阪市にあった「三菱スペースジェット」の尾翼を生産するための工場の一部と土地、およそ8万4000平方メートルです。

零戦で有名な三菱は、いわば航空産業の老舗。そのスタートから、政府と大きな関わりを持つ、政商と呼べる企業です。軍需産業でも、川崎重工やIHIと並ぶ老舗企業。航空機産業は、研究開発費が金食い虫ですから、軍需産業として国からの資金援助は必須。アメリカの航空産業も、戦争とともに育ってきましたからね。しかし、その老舗三菱が足踏みを繰り返す姿を見ると、ホンダの戦略───アメリカの大手エンジンメーカーとの提携の正しさが、今のところは最適解だったと。

■日米の差はまだ大きくても■

1989年に石原慎太郎氏が共著で『「NO」と言える日本 』を出版しましたが。その中で、日本の時期支援戦闘機(後のF-2)開発がアメリカの横やりで国産気ではなく共同開発にさせられ、アメリカに日本の技術を奪われるという片務的なものだったと喧伝されましたが。現実的には、世界の軍事費の半分を占め、ノーベル賞級の化学差が世界中から集まるアメリカと、日本の差は大きく。当時は日本の航空機開発能力はまだまだ低く。共同開発は必然でした。

自分は保守派ではありますが、国粋主義者ではないので。零戦が当時は素晴らしい戦闘機であったのは事実ですが、それはアメリカでは考えられないような人命軽視の設計思想の結果、驚異の航続能力や機動性を得ていただけで。弱点がバレると、簡単に撃墜されていたのも事実。彼我の実力差は、遥かに大きいです。自分は、HondaJetの進化の先にリージョナルジェットがあり、最終的にはジャンボジェットまで含めて、大きな絵図をホンダには描いていただきたいですね。自分がそれに乗ることはなくても。

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