お前だって論法(appeal to hypocrisy)が詭弁である理由についての考察

・2800字弱

#お前だって論法 #appeal_to_hypocrisy


・お前だって論法とは

お前だって論法は、次のようなパターンをとる。

1.人物Aが、Xを主張する。
2.人物Bが、Aの行動や過去の主張などは、主張Xに沿ったものではない、と主張する。
3.したがって、主張Xは誤りである。

このような例として次のようなやりとりが考えられる。

ピーター:ビルは税金を騙し取っている。
ビル:お前だって未払いの駐車料金が20件もあるくせに、よくもそんなことが言えたもんだ。

Wikiより


・なぜ詭弁なのか

 それは詭弁であり、それを使うと討論が円滑に進まないと思う。その理由について、重要だと思う順に7つ挙げよう。


理由①:批判者が自分の意見を持っていないのに形だけ反論しているように見えてしまう

 次のような会話を考えてみよう。

太郎:タバコは吸わない方が良い。健康に悪いし、金がかかる。
花子:そういうあなたはタバコを吸っているでしょう。

 ここでの花子の問題点は、自分の意見を持っていない点だ。花子が反対意見を持っているなら、その根拠を述べて「こういう理由があるので、タバコは吸っても良い」と述べればよい。


理由②:一般的な真理の追及に、1人の話者の言動をサンプルとして持ち出すのは、サンプルが少なすぎる

 上の花子にはまだ問題点があり、それは「一般的に、タバコは吸った方がよいか」という議題について結論を出したいなら、1人の話者の言動をサンプルにしても、論拠としては限りなく無意味に近いという点だ。


理由③:意見は変わる

 昔と今とでは、話者の思考回路は変わっている場合があり、今の言動が過去の言動と一致していなければいけないという道理はない


理由④:話のスケールを変えている場合がある

太郎:君は資源を無駄に使い過ぎだ。着ない服をどんどん買っては捨てるし、使ってない部屋の電気はつけっぱなしだし、冷蔵庫の食べ物をよく腐らせる。
花子:そういう君は、車に乗るし、スマホも使うでしょ。資源を無駄に使うのが嫌なら、今日から車もスマホも使うのをやめたら?

 意思決定はメリットとデメリットを比較して行われる。

 このあと、ちゃんと話し合えば、太郎は「資源の無駄遣いは、デメリットがメリットを上回る場合があり、その場合はやめた方が良い」という意図で言っていることが徐々にわかっていくと思う。花子は矛盾を指摘しているようだけど、太郎の内心では矛盾はしていない。

 ここでの花子の問題点は、資源を使うか否かを、0か1かで考えていることだ。


理由⑤:人は異なる2つの意見を持っていて当然である

 意思決定は、メリットとデメリットをバトらせた結果に生まれる。

 ある人が、思考回路の一側面を見せたときと、別の一側面を見せたとき、全く逆方向のことを言っている場合があるが、そんなことは本人にもわかっているのだ。「牛を殺すのはかわいそう」という意見と「牛を食べたい」という意見は両立する。自分の中で矛盾した複数の意見をバトらせた結果に意思決定がある。


理由⑥:軸が違う2つの言動を同一視している場合がある

 wikiの例え話をもう一度掲げさせて欲しい。

ピーター:ビルは税金を騙し取っている。
ビル:お前だって未払いの駐車料金が20件もあるくせに、よくもそんなことが言えたもんだ。

 ビルが税金を騙し取っているのと、ピーターが未払いの駐車料金があるのとは、軸がやや遠い。どこまでを同じ軸としていいのかが不明だし、そもそも軸の距離はどうやって測れるのかも不明である。

 先ほどの資源の例もそうである。

太郎:君は資源を無駄に使い過ぎだ。着ない服をどんどん買っては捨てるし、使ってない部屋の電気はつけっぱなしだし、冷蔵庫の食べ物をよく腐らせる。
花子:そういう君は、車に乗るし、スマホも使うでしょ。資源を無駄に使うのが嫌なら、今日から車もスマホも使うのをやめたら?

 花子は矛盾を指摘しているようだけど、指摘は、太郎の主張とぴったり同じとは思えない。この近似はどこまで許容されるのかが不明である。


理由⑦:場合分けを無視している場合がある

太郎:人殺しはいけないことだ。
花子:でも貴方、人を殺したことがあるじゃない。
太郎:でもあれは正当防衛が認められて、無罪になった。
花子:でも、人を殺したことがある人が「人殺しはいけない」と主張していても矛盾しているし、説得力がないよ。

 ときに意思決定は、たくさんの材料を複雑に組み立てて決定されるので、意見には「※但し例外あり」がつきものだ。

 人が思考回路の全てを言語化してしまうと長くなるので、他者に意見を述べる際はそのうちの一部分だけを述べることになる。

 ここでの花子の問題点は2点あり、それは「太郎が口にしたことが、太郎の思考回路の全てだと思っている点」と、「場合分けを考慮していないこと」だ。


論外:集団の一個人の主張の矛盾を指摘している

 Twitterでは、たまにこういう構文のツイートがバズっている。

「老人は、子供の遊び声がうるさいというクレームを自治会や学校に入れて公園を使用禁止にしたりするが、かといって家で遊んでいると”最近の若者は外で遊ばなくなった”と宣う。子供たちは板挟みに遭っている」

 同一人物が発しているとは思えない2つの意見だけど、「老人は」「オタクは」「社会は」のように発言者が含まれる集合の名前で呼ぶことで、さもその集合に含まれる人は全員矛盾したことを言っているかのように見せかけている。

 これは、論外……


・詭弁でない場合の、お前だって論法

 もあると思う。

 前述したように、人は脳内の全てを言語化しているわけではない。

 そこをほじくって聞き出すために、「君は殺人がダメだというけど、殺人をしたことがあるね。一見矛盾しているけど、そこにはどんな場合分けがあるのかな」という聞き方をするのは、詭弁ではないと思う。

 相手を黙らせるためでなく、相手から意見を引き出すのに使う場合は、議論を円滑に進めるテクニックに含まれると思う。


・まとめ

 総じて、お前だって論法を「何かの議題について一般的な結論を導きたいとき」に使っても、議論を停滞させるだけである。

 しかしお前だって論法には、相手を黙らせるだけの直感的な破壊力があるためか、今日でもよく見かける。

 皆は、使わないようにされたし。



・追伸

 自分は、今後の人生において、会話相手が「お前だって論法」で反論してきても、当記事で挙げた7つの理由を説明してやるだけの気力はない。少しくらいの説得は試みるけど、説明してスッと理解してくれるくらい討論に興味関心がある相手なら、そもそもお前だって論法を使わないという偏見がある。

 自分も、もう少し討論に興味のない、詭弁を詭弁だと思わないアホちゃんの一人だったら、人生がどんなに楽だったか……


・おわり

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