【日記2023/5/19】ひとくちエッセイ集④

・2900字強

・だからそれはツイートなんだって


 ワンピやハンターやチェンソーの作者などは、天才だけど「類を見る天才」というか、皆が目指している方向の頂点にいる天才という認識。こち亀などは類を見ない天才だと思う。描きたいものがそもそも皆と違うというか、「こち亀に憧れて漫画家を目指しました」という漫画家ってあまり聞かなそうだなと思ってる

 ゆっくり解説を見ているのだけど、ゆっくり霊夢がエロくて気が散る

一家に一匹欲しい

 このゆっくり、福笑いのように顔パーツをちまちま組み立てないとこういうエロい顔が作れないので、大人しく動画のスクショを撮るだけで満足している

 人工衛星って無重力空間でどうやって向きたい方向を向くんだろうと思って調べたけど、三軸姿勢制御とかいうキモ技術を使っていることがわかった 三軸姿勢制御モジュールがここまでの精度でピッタリ倒立できるのヤバ
https://www.youtube.com/watch?v=ZPlQEKHz-D8
箱が勝手に立ち上がる動画、キモすぎて何回も見ちゃう これ箱が透明でなかったらもっとキモイだろうな

 無重力空間に生物が生まれたなら、任意の方向を向くために高速でブンブン回せる腕がつくと思う。腕を任意の方向に向け、高速回転することで向いている方向を変えることができる。また、移動するために体内にどうでもいい石とかをため込むと思う。石を投げる反作用で移動する。

 私と同じくらい育ちの悪い友人が二人いるのだけど、二人とも濃い「悪」の例を人生でたくさん見てきているからか、善を深く理解している。やはり悪への理解度が高い人間ほど善への理解度も高いのだろうと個人的に確信している。

 例え話だけど、皆で立体迷路の中にいるとして、実際に行き止まりを目にした人は「こっちは行き止まりなのだな」と体で理解することができるが、他人から「こっちは行き止まりだよ」という情報を言語で与えられただけの人は、そっちが行き止まりであることを言語で理解しているだけで、体では理解していないと思う。

 それと同じで、実際に人生で失敗体験を多くしたり、嫌な人間関係の例をたくさん体験した人間は、悪とは何なのかを身をもって知っているだろうけど、言語で「そっちは失敗だからやらない方がいいよ」「これは悪い行いだよ」と教えられて失敗例を滅多に体験してこなかった人間たちというのは、「これって悪いことじゃない?」と言語で擦り合わせて、統計的に善悪を判断することしかできない。善悪の判断基準が自分の内部にない。

 ポリコレ配慮、LGBT理解増進法、謎校則、マナー講師による新作マナー。そういった議論を見ていると「5匹の猿の実験」と同じだなーと思うことがよくある。そもそも善悪とは何なのかについて考えることなく、口伝や慣習や感情論を頼りに善悪を議論している。巨大迷路で、「あっちは行き止まりらしいぞ」「こっちも行き止まりらしいぞ」と、行き止まりを見たことのない者同士が議論している。

 仮に私に子がいるなら、「そっちに行っても失敗体験があるだけだから行かない方がいい」などと言語で理解させるのでなく、実際に失敗体験を得るまで歩かせるといいと思っている。 勿論、それが「車道を歩くと車に轢かれる」くらい取り返しのつかない失敗体験なのであれば言語で覚えさせるしかないので、場合によりすぎるが。

 大人が子供を叱る時に、何が悪いのかという理由を述べないor述べたとしてもそれがとても理解しがたいものだった場合、子は本質的な善悪がわからず、文化によって意味づけられた表層的で口伝的な善悪だけを信じ、出る杭になることをひたすら避けるだけの人間に育っていってしまうと思う。

 私はそういう表層的な善悪の基準には嫌気がさしている。

漫画で、例えば「騒がしくて、まいってんの」というセリフがあったとき、それが

騒がし
くて、
まいっ
てんの

と変に改行されてる時にだけ得られる栄養があるよな

 これは本質情報なのですが、不快のバリエーションが少ない人と接する時は考えるべきことが少なくて楽しいです。友人にするなら、「大体のことは不快がらない人」を友人にした方が、ノイズのない交友関係を築けます。私とかね。

鉄腕アトムって創作における「正解」である気がしてきたな。主人公が持っているべき特殊能力って「基本スペックが高いだけ」であるべきなんだよな。承太郎とかゴンみたいに。

大いなる力に選ばれて主人公くんが特殊能力に目覚める冒頭ってよくあるけど、偶然でなく必然で選ばれてほしいよね

そういえば、メディア作品の媒体を、実写か絵か、動いているか止まっているかの軸で4象限に分けたとき、ドラマ(動く実写)、アニメ(動く絵)、漫画(止まった絵)はあるのに、止まった実写はないのには理由があるのかな。一度くらい実写漫画も見て見たいものだけど

 ペットを飼うということは、大抵はその個体を生殖コース(出世コースの生殖版)から強制的に外すことになるので、生殖コースを外れたペットを幸福にしても不幸にしても、100年後には遺伝子が潰えているという意味では同じではないかと思っている。感情がある理由は、感情があった方が生殖に有利であるため……

 優生思想の持ち主なのでパチンコは存在している方がいいと思っている。自制心がなくて、かつ報酬系がバグってる人が順当に生殖に不利になっていくシステムなので

 ネットでは「復讐がテーマの創作において、復讐は「鬱憤が晴らせる」以外のメリットがなくて無駄という問題があるよね」という議論が稀に発生するけど、個人的には復讐心というのはちゃんとメリットがある感情だと思う。復讐心があることにより、利己的な遺伝子を群れから排除し、群れの生存を優位にしたことで群れが今日まで生き残っているので、復讐心は群れの生存優位性を高める。

 自分は昔、誰かから強めの嫌がらせを受けたら「そいつを殺してやりたい! 本当に死ねばいいのに!」くらいの復讐心が湧くことがままあったのだけど、これも同じ理由だと思う。他人に強めの嫌がらせをするような奴の遺伝子を排除したい! という理由だったのだろう。

 しかしよく考えてみると、私に強めの嫌がらせをしてきた人間は皆、およそ生殖からは遠い人間だ。日夜ソシャゲやパチンコに打ち込み、ネットでのレスバやアンチ書き込みやポケモン厳選作業に時間を溶かし続け、性欲をフィクションに向け、社会に文句を垂れながら改善案は一つも出さないような一生を過ごすのだ。私が何もしなくても、ほっといても100年後にはそいつの遺伝子はない。

 ほっといても100年後にそいつの遺伝子はないと考えると、醜い復讐心を腹の底で煮やすメリットがないことに気づき、心が凪いだ。凪ぎたい人にはオススメのアンガーマネジメントです。

 補足だけど、理屈で考えたら相手のキンタマを切り落とすことでも復讐は達成されるのではなかろうか。今後、創作で「親の仇に復讐をしたい。でも殺人は悪いことだ」と葛藤する主人公を描きたい方は参考にしてください。仇のキンタマを切り落とせば、人を殺さずに復讐できます。


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