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ふわふわケーキを一緒に

X(旧Twitter)企画「コランダ地方で輝く君へ」交流作品です。

時間軸は「楽しいこと探して」の後、果実ト蜜ノ宴(イベント)の少し前になります。


お借りした方
オリビィさん


自宅
スコア


ふわふわケーキを一緒に


その日は、スクールでのコンサートが上手くいって。天気も良くて、ヴァニルシティの緑が綺麗で。
そんな、良い日だったものだから。だから、少し気が緩んでいた。まさか、あんなことが起きるなんて。

「大丈夫か、フォルテ………」
 固まって、どうすればいいかわからないという表情を浮かべるこのゲンガーに、俺は何が出来るのだろう。

***
 
遡ること数十分前。コンサートが終わったので、ゲンガーのフォルテとヴァニルシティを散策していた。
すると、フォルテが何かを見つけて駆け出した。臆病なフォルテが、珍しいと思いながら追いかけると、その先には1人の男性が立っていた。
「フォルテくん?わあ、久しぶりだね」
男性は、フォルテの知り合いらしい。フォルテの前のトレーナーは、かつて中華料理店を営んでおり、自分はそこの常連だったと男性は言った。
「それで、フォルテくんは、私のパチリスと友達なんです」
男性は、大切そうに、モンスターボールを取り出した。そうか、フォルテは友達と話したくて、この人に駆け寄ったのか。
ボールのボタンを男性が押すと、愛らしいパチリスが姿を現した。
「この子が、フォルテの友達の…………?」
「げえん」
でも、何だろう。どこか、様子が変だ。
フォルテが、パチリスに近づこうとした瞬間、パチリスの頬の電気袋からバチバチと電撃を準備する音がした。
その表情は、まるでフォルテに怯えているようだった。
「げん…………?」
「チパッ、チパ……!」
フォルテとパチリスは、お互い何かを言い合っていた。しばらく言い合ったその後で、パチリスは尻尾でモンスターボールのボタンを押して、ボールの中に戻ってしまった。

「どうしてなんでしょう?どうして、パチリスはすぐボールに戻ってしまったんですかね……?」
男性は、パチリスの様子に困惑して、その後。
「もしかしたら、パチリスは具合が悪いのかもしれません。フォルテくん……せっかく会えたのに、ごめんなさい」
男性はそう言い残し、パチリスが入ったボールを抱え、ポケモンセンターに走って行ってしまった。

***

ボールから出てきた、ぼくの友だちは、とても怯えた目でぼくのことを見つめました。
そして、友だちのほっぺたから、バチバチと、電気の音がするのを、ぼくは聞きました。
「パチリスくん…………?」
「ごめん、ごめんね…………!」
よく見ると、友だちのパチリスくんは少し泣いていました。

パチリスくんとぼくは、性格が似ていて、それですごく仲良しでした。
原っぱで遊んだり、いっしょにおやつのゴマ団子を食べたりするような、そんな友だちでした。
友だちだったのに、どうしてぼくは、きみに怖がられているのか。わからないよ。
「ポケモン図鑑が、言うんだ。ゲンガーは、命を奪おうと決めた獲物の影に潜るって…………キミの、前のトレーナーさんが、死んじゃったのは…………その……キミの獲物になっちゃったのかなって…………」
ぼくの今のトレーナーはスコアだけど、その前には別のトレーナーがいました。その人は、お空の星になってしまったので、もう会えないけど、ぼくのとても大事な人です。
「ぼく、そんなことしないっ……誰かの命を奪おうなんて思ったことないっ」
ぼくの言葉に、パチリスくんは頷きました。

「そうだよね、キミはそんな性格じゃないし。でもね、怖いんだ。キミが、無意識にさ。トレーナーさんの命を奪ってしまったのかもしれない………そう考えたら、体が震えちゃってさ」
「そんな……」
怯えたままのパチリスくんは、無理やり笑顔を作って、ぼくに言いました。
「ボクは、ひどいやつだ。友だちのフォルテくんを怖いと思うだなんて………だからね、もう、ボクのこと、友だちだなんて思わなくていいからね」
「パチリスくん!」
「さようなら、フォルテくん。本当にごめんね」

カチリと音を立てて、パチリスくんのモンスターボールが閉まりました。
もし、ぼくが無意識に誰かの命を奪うポケモンだっていう、それが本当だったらどうしよう。そんなことないって思うけど、でもそれをどうやって証明したらいいのかわからない。

ぐるぐる、色んなことを考えている間に、パチリスくんたちはいなくなっていました。
「大丈夫か、フォルテ………」
頭の上から、スコアの心配そうな声が聞こえてきたけれど、ぼくは何て言ったらいいのかわかりませんでした。

***

……フォルテからの返事がない。いつもは、話しかけたら「げん」とか何とか言うのに。
友達だと思っていた子から怯えられたんだから、無理もないか。
「うう……何かないか、何か……元気になれそうな……」
ふと、視界に飛び込んできたのは“黄金の林檎”というスイーツの店の看板だった。
「ああっ、あの店ガイドブックに載ってたとこ……」
フォルテがいつも持ち歩いている、ガイドブックに載っていた店だ。
「おいで、ちょっとジュースでも飲んで落ち着こう、なっ」
動かないフォルテの背中をぐいぐい押して、何とか入店に成功した。

「いらっしゃいませ!黄金の林檎へようこそ!お好きな席に座ってくださいなっ」
元気いっぱいの店員さんに出迎えられた。店員さんの丸い植物のような髪飾りに目をやると、タマゲタケとネマシュがくつろいでいた。
「げんっ」
店員さんの声に驚いたフォルテの鳴き声が聞こえた。ああ、俺の影に潜っちゃうだろうなと思ったが、今日は潜らなかった。そのかわりに、項垂れている。
「さっきのがショックで、影に潜る元気もなくなっちゃったのか……?」
「……?その子、どうかしたのかしら?」
 少し心配そうに、フォルテを見る店員さん。クッキーをボリボリ食べるタマゲタケと、寝るネマシュ。
「いや、ちょっと、友達と色々あって……?」
結局あのパチリスの怯える様子は何だったんだろうと思いながら、俺は店員さんに軽く説明した。
パチリスのトレーナーに話を聞いた感じでは、フォルテがあのパチリスに、嫌なことをしたわけでもなさそうだった。何で急に怖がられるようになったのか、その理由がわからない。

「ケンカしちゃった?このお店のケーキは美味しいから、食べたらきっと元気になるわ!元気になった後で、仲直りすればいいのよ」
窓際の席に座った俺たちに、店員さんがメニューを持ってきてくれた。日替わりケーキとドリンクのセットを注文すると「少々お待ちください!」と言って、店員さんはオーダーを伝える為に、店の奥へ引っ込んだ。
「仲直り……」
ドリンクとケーキを待ちながら、俺は先ほどのパチリスとフォルテの様子を思い出していた。
フォルテに怯え、威嚇をするパチリスは、酷くしんどそうで。威嚇され、怯えられるフォルテは悲しそうで。

元の関係に戻れないなら、そんな関係はすっぱり切ってしまって、仲良くしてくれる子と仲良くしたら良いんじゃないか……そんなことを考えてしまう。冷たいと、思われるかもしれないが。

「お待たせしましたっ」
「ああ……ありがとうございます」
店員さんが、ケーキとドリンクをテーブルに置いてくれた。落ち込んでいたフォルテの表情が、少し明るくなった。一口一口、ふわふわのケーキを味わって笑う。そして、俺に向かって「はやく食べなよ」と言うように、手をパタパタ動かしている。
「旨いな」
俺が呟くと、フォルテは嬉しそうに頷いた。こいつは、誰かと一緒に美味しいものを食べると、すごく良い表情をするんだな。

そんな様子を見ていたら、パチリスとの関係はすっぱり切って――なんて、言えないなと思った。
あのパチリスと、一緒におやつを食べて幸せそうな顔をするフォルテが想像出来てしまったから。

「……いつか、パチリスとも、このケーキを一緒に食べたいな」
「……げんがー」

怯えられた事実は変わらない。問題は、まだ解決していない。だけど今は、この優しい味のケーキを一緒に食べて少しだけ休もう。
現実は、ケーキのように甘くないんだろうが。いつか、パチリスの怯える心が和らいで、皆で一緒にケーキを食べることが出来れば良いと願った。

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