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連載小説「戊辰鳥 後を濁さず」

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土木業界を離れることとなったため、今までの仕事の経験をもとに初めて小説を書きました。 全85話で完結。約55000字となりました。街から文学が生まれるのではなく、街づくり文学を目…
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#現場

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第1話

あらすじ 戊辰鳥 後を濁さず ―つちのえたつとり あとをにごさず― 第一部「釜場」 三月十五日(金)  農家であり地主であるトキ家の跡取り娘として生まれた私は、二十歳の時、祖父の養子となり、祖父からボロアパートを一棟譲り受けた。  表向きはトキ家の血を絶やさないためとなっているが、実際は広大な土地を持つ祖父から相続を受けるためである。  医師が祖父に宣告したおおよそ三年後までに私は相続税として多額のキャッシュを用意しなければならない。そのため、ボロアパートを解体し、そ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第40話

四月二十四日(水) 「こいつはほんとヒドくてな。二十四日にホワイトクリスマスですね。っていうんだ。静岡の三島だぞ。雪じゃない。宙に舞ってるセメントカスじゃねぇか。」 「けど、あの後しっかり怒られたんで。許してくださいよ。」 「それは元請けにだろ。俺はまだ許しちゃいねぇ。お前は段取りが悪すぎる。よりによって現場の掃除をイブにするかぁ。せっかく新幹線の現場で年末年始は長いこと休めると思ったのに、二十四日に呼び出して、掃除を半日で終えて、帰ってください。は、ねぇだろ。休み潰れ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第53話

五月八日(水)  モグラが泣いている。鋼材の窪みにお尻を挟んで体育座りして泣いている。  モグラは今日急遽、交通誘導員をやることになった。発注者が抜き打ちで検査に来たが、元請けが交通誘導員をしっかり手配してないもんだから、モグラがやる話になった。  現場監督のモグラがいないと、現場は緩む。  だからモグラの下請けの、俺とは違う会社の作業員が手を抜いて危ない作業をやり出した。  あまりに手を抜くもんだから、モグラが怒鳴った。  ただ、あいつは時と場所ってもんを選ぶのが苦手だ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第55話

五月九日(木)  たくさん飲んだ。涙と同じくらい飲んだ。  だからジンベエザメは朝から酒臭い。  二日酔いだから車に乗らず、今は歩いてトド川の土手を下流に向かっている。  ジンベエザメは途中、はーっと息を吹きかけてくる。  やめてくれ。 「これが俺の覇気だ。どうしたどうしたトキさん覇気がないぞ。」 と、言ってくる。 「それは呼気だし、酒の呼吸です。」  そう伝えたら、笑ってくれた。 「トキさんはやっぱり面白い人だったか。トキさんはどんな漫画を読むんだい。」  

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第77話

八月三日(土)  新国立競技場の建設作業に携わっていた若い男性が過労で自殺していることをシマエナガさんは話してくれた。 「あれは、現場の問題ではありません。実際の現場の惨状は知りませんが、どう考えても計画の問題です。」と、シマエナガさんは言う。そして、それ以上は言わなかった。 「技術の結晶は、現場に現れます。  私も現場で働きたいです。  しかし、女性である以上、それはなかなか難しい。  だから現場のことを思って計画したい。  私の担当する計画で、こんなことは起こさない