カフカ小説全集4

「判決」:
ゲオルクと父との会話のすれ違いに、なんだか胸がザワザワする。
ある日、ゲオルクは、自分の結婚のことをペテルブルクにいる友人に伝えることにしたと父に報告する。
すると、父はそもそもお前にはペテルブルクに友人などいないだろうと彼を難詰し、はたまた自分がとっくに知らせておいたからすでに知っているなどと言う。/

【あわれみの表情を浮かべて、こともなげに父が言った。(略)
つづいて声を張り上げた。
「自分のほかにも世界があることを思い知ったか。(略)ーーだからこそ知るがいい、わしはいま、おまえに死を命じる、溺れ死ね!」】/

ふと、『変身』で父親がグレゴールに投げたリンゴのことが脳裏に浮かんだ。/

「火夫」:
長篇『アメリカ』(失踪者)の第一章を独立させたもの。
カフカの作品で冒頭からこんなに明るい作品を他に知らない。
まるで、誰か別の作家が書いた冒険物語のようだ。
帯に【カフカの作品の中でも、ひときわ異彩を放つ『変身』をはじめ】とあるが、僕にはこの物語こそが「ひときわ異彩を放っているように思われる。/

【女中に誘惑され、その女中に子供ができてしまった。そこで十六歳のカール・ロスマンは貧しい両親の手でアメリカへやられた。速度を落としてニューヨーク港に入っていく船の甲板に立ち、おりから急に輝きはじめた陽光をあびながら、彼はじっと自由の女神像を見つめていた。

ー中略ー

「もっと乗っていたいのか」
航海中に顔なじみになった青年が、通りすがりに声をかけてきた。
「支度はできていますとも」
カールは笑いながら半ばおどけて、それに力がありあまっているせいもあって、トランクを肩にかついでみせた。】/

「変身」:

【ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた。】

「途方もない虫」か、僕にはもう少し否定的なニュアンスがほしいところだ。
その意味で、川島隆訳の「虫けら」の方が好きだ。/

「流刑地にて」:
この作品については、既に『雑種』の感想で書いたので、ここでは割愛する。/

「断食芸人」:
なぜか、断食芸人の悲哀が胸に沁みた。
断食とは、なんという退屈で不毛な芸だろうか。
ふと、断食芸人の哀れで滑稽な姿が、体型こそ違えど、どこか僕に似ているような気がしてきた。
掟から逃げ惑う不条理な生。
「砂」を掘ろうとしないものは、「砂」に埋もれるしかないのだ。
若い頃は映画館のスクリーンの中にマドンナの影を探したものだが、最近は小説の中に自らの似姿を探しているのかも知れない。/

【小さな邪魔もの、それも日を追ってますます縮んでいく邪魔ものだった。いまどき断食芸人を見世物にしようなどという奇抜さはともかく、そんな奇抜さそのものが、ほんのいっときしかつづかない。とすれば最後の判決が下されたというものである。断食芸人は全力をつくして断食をつづけ、この上なく見事にやってのけた。しかし、それが何になったというのだろう、誰もが前を通りすぎていくだけ。

ー中略ー

断食芸人はかつて夢想したとおりの断食をつづけていた。それはみずから予告したとおり、この上なくたやすいことだった。しかし、もはや誰も日数を数えていなかった。断食芸人自身が、もうどれくらい断食をつづけてきたのか覚えていなかった。】/

「解説」:
極めて興味深く読んだ。/

【カフカは当初、『判決』『火夫』『変身』を一つにまとめ、「息子たち」のタイトルを考えていた。その後、『判決』『変身』『流刑地にて』を合わせ、「罪」の標題を思案した。】/

【カフカは『判決』を一九一二年九月二十二日の夜から翌日の朝にかけて書き上げた。(略)はじめは漠然と「ある戦いのこと」を書こうと思っていたという。
(略)「ところがペンをとったとたんに、すべてがちがったものになってしまった」という。
何を、どのように語るか、予定していたのではない。書きながら、しだいに物語をつくっていった。(略)短篇『判決』によってカフカは自分の方法を見つけた。それは彼が受けた「判決」でもあって、まさにこのように書かなくてはならない。作中人物がどのように発展するか、前もって知ることなしに「暗いトンネルを行く」ように書く。カフカにとって、小説はまさにそのように書かれるべきものだった。】/

「変身」について:
【さらにもう一つ、さりげなくべつの変身が描かれていないだろうか。家族であって、ザムザ一家が変身する。これは「家族の変身」物語でもある。(略)
一家の働き手が虫に変わってのち、母親は内職を請けおう。妹は店員になった。老いた父親は用務員として銀行に勤めはじめ、金ボタンつきの制服を着て出かけていく。】/

川島隆訳『変身』の感想に、読友さんから「ハッピーエンドですね」とのコメントをいただいた。「虫」の視点からしか読んでいなかった僕は、思わず熱くなって反論したが、確かに家族の側に立てば、そうとも言い得るのかも知れない。

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