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パン屋の おはなし あのね  ここは小さなパン屋さんです

ここは小さなパン屋さんです。
すぐそばの高台にはできたてのベットタウンが今日もまたひろがっていきます。
4月の声を聞く頃、二人の店の前には卒業式や入学式を迎えた子供達とそれに付き添う親たちの姿が行き交うようになります。彼女は店のウインドを通してくりひろげられる時節の流れを見ているのがとても好きでした。
今年もまたそんなシーズンがまもなくやってきます。
今も彼女は外を眺めながら何日か前のことを思い出していました。3月の14日・・・正確に言うと3月の13日かしら、いつものように店のほうで仕事をしていてふと外に目をやると白地にあざやかなデザインのジャージを着た少年が店に入ってこようとしています。
『クラブの帰りかしら・・・ バドかな』
と見ていると少年は店の少し前でもどっていってしまいました。何か決心しかねるといった感じです。
  次の日、またその少年が、今度は飛び込むようにして店に入ってきました。
「あのー  クッキーありますか?・・・」
ドキドキしているのが伝わってきます。
彼女にとっても今年のクッキーはちょっといわくつきなので、なおさらそう感じたのかもしれません。クッキーデー用のオリジナルクッキーです。

彼女は3種類のクッキーを試作して彼に見てもらいました。一つはラングドシャーのような舌触りのバターのきいたもの、もう一つはセミスイートチョコをたっぷり使ったマーブル、そして三つめはオートミールとセサミのクッキーです。オートミールとセサミは焼き上がりが地味なので、今一つ自信がありません。
「この二つは店にだしてみようよ」
一口づつ食べてみた彼が指差したのは、バターのきいたやつとチョコマーブルでした。
『やっぱり・・・』
彼女はそう思いました。
「・・・でも君がどうしてもって言うなら、こっちのもだしていいけど・・・」
と言いながら黙ってしまいました。
「美味しくない?」
「いや!そんなことないんだよ。・・・・これは ん~言い方が難しいんだけど・・・プロの味じゃあないと思う。誰にも知られたくない僕んちの味って感じなんだなあ・・・」
彼は大きなため息を一つして話を始めました。
《空を見る 真っ青な空どこまでも続く青い空だよ。その空の端っこにつながるように広い広い畑がひろがっているんだ。
遠くに見える大きな木のもっとむこうからまっすぐに一本の道がのびてるの。ここはアメリカの農場。 
 お昼頃その道を古ぼけた赤いピックアップが走ってくるの。家の前に止まると奥さんが一足先に家に入って食事の用意。だんなに食事をだして自分が座る前にね、ボールにオートミールとごまとミルクやなんやかやといれてさ、かきまぜてスプーンで天板に落として・・・・それをオーブンにほおりこんでやっと食事だ。

 いや~大変だね食べ終わったかと思うと今度は休むまもなく食器をあらったり、洗濯物とりこんだり・・・だんなは外の木陰でタバコすいながら空見てるよ。オーブンから焼きたてのクッキーをだして皿にあけたよ。一つつまんで胸のポッケにいれたみたい。そしてまた古ぼけたピックアップに乗ってでかけていくんだ。とーくのトウモロコシ畑までね。

しばらくして、少し色あせたレモンイエローのスクールバスが止まるの。そーこへんのはみんな古ぼけたり、色あせたりしてるのさ。そのバスからさ二人の兄妹が降りてくるんだ。

家に入ると兄ちゃんが皿の上のクッキーを一つとって妹の口に押し込んで帽子とカバンをはぎとってさ。自分もクッキーをくわえて帽子とカバンを部屋にほおりこむんだ。その間にさ妹は冷蔵庫からミルクの入った大きなビンを出して、あぶなっかしい手つきでコップにさ。ちょっとタレるんだわなやっぱり。それを手で拭いてぺロッてなめちゃうのさ。・・・・・・・オートミールとセサミのクッキーはお母さんの『おかえりー』の味なんだなああ》
そんな大事な味だから売り物にしたくないと言うのです。
彼がそんなお話をするなんてするなんて思ってもいなかったので、彼女、ちょっとビックリ。
でも少し考えて、一つ残ってたクッキーを半分こにして、彼の口に押し込みながら・・・
「そんなふうに感じてくれたのね ありがと ・・・・今年だけにするから・・・お願い!」
彼は黙ってうなずいて、ニッコリしました。そして口をモグモグさせながら作業場へ入っていきながら
「さっき奥さんがポッケにいれたクッキーどうしたと思う?」
「・・・」
「走る途中で、運転してる旦那の口に半分おしこんでやったのサ」
笑いながら作業場に消えていきました。

そんないきさつのあるクッキーたちです。彼女は少年にも試食用のカゴをさしだして、
「食べてみて気に入ったのがあったらどうぞ」
最初少年は躊躇していましたが、それでも一口づつ食べてみました。そして、
「これ二つ・・・別々の袋にいれてください」
とあのオートミールとセサミのクッキーを選びました。
彼女ったら嬉しくなって、袋に入れながら色々なことをたずねてしまいました。・・・女性のサガっちゅうやつかしら・・・・・
バレンタインデーに二人からチョコをもらったおかえしだということ。一人は母親で紙袋に無造作に入れられていたらしいんだけど、手作りだったらしいの。袋に『バレンタインデーだから』って書いてあったんですってよ。もう一人はクラブのマネージャーですって。
「・・・義理チョコだけど・・・・」
という少年の顔はまんざらでもないようです。

「うちの母さんと同じ味がしたもんだから・・・ついでにと思って・・・・チョコの味なんてみんな同じなんだろうけど・・・・」
彼女はちょっと考えて、ニッコリ笑いながら、
「そんなことないワ 人生の中で自分の母親と同じ味に出会うなんて、そうそうあることじゃないのよ。材料や手順が同じでもね。微妙に違ってくるものなの 味の決め手は想いの深さよ。」
少年は少し赤くなりました。母親への袋に『クッキーデーだから』と書きました。彼女はそれを見て、
『くすっ』っと笑いました。
もうひとつの袋には『小さなパン屋さんでみつけました  君に』っですってよ。ずいぶんと大人びた一言です。
そう書き終え、お金を払う頃から少年の様子がなんだか落ち着きません。どうやら外のほうを気にしているようです。
自転車をおしながら高台へ上っていく少女が通りかかりました。少年は一つをカバンに詰め込み、一つを手にもって飛び出していきます。ちょっとふりかえって、
「どうも」
「がんばって!」
という彼女に、以外にも少年は
「はい!」
とまじめに答えニッコリ笑いました。

外に出た少年は、自転車の少女にむかってダッシュしていきます。そして自転車の前カゴに袋を投げ込んでそのまま走っていってしまいました。
少女は走りすぎていく少年とカゴの中の袋を見比べながら足を止めました。メッセージでも見てるのかしら・・・
そして、片手で自転車をおし、片手であの少年からもらった袋を胸に抱きしめながら・・・まっかな顔して歩いていきました。
『あなたも  がんばって!』
となげかけた彼女のエールはとどいたかしら・・・・・

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